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女の人のところへ来たドラえもん

21歳の女の人と43歳の男の人が意気投合し、社会の矛盾に科学的に挑戦していく過程です。

1から始める数学(その13)

 現在2016年8月12日13時53分である。

 麻友さん。これは、許せないよ。

「何、なに?」

 麻友さんのお父さまが、本当のお父さまではない、と書いている人がいるんだ。

「ええっ、どこに?」

 このブログ。

AKBまゆゆりあameblo.jp


「どうしてこんなことが、書かれたのかしら?」

 麻友さんが、あんまり、

『お父さんとは、しゃべってなくて・・・』

なんてことばっかり言うから、実の親子じゃないんだろう、なんてことに、なっちゃったんだよ。

「あーっ、そうかー。」

 でも、これは、ひどいよね。

 本当のお父さまではない、なんて、少なくとも今の社会では、ものすごく重要な意味を持つことだもの。

「そうねー。」

「でも、このネット社会で、こういうの全部、名誉毀損で訴えていたら、お金がいくらあっても足りないわよね。」

 それは、そうだけど、事務所を通して、削除勧告を出す、くらいは、した方が良いんじゃないかな。

「どうして?」

 今のネット社会って、ものすごく信頼関係が、重要だと思うんだ。

「ちょっとしたことが、原因で、噂が噂を生むということ?」

 何か、ちらっとネットで見かけたことを根拠に、政治家までが、マイクの前でしゃべっちゃって、後で更迭されたりしている。

「そうねぇ。お父さんに対しても、悪いしね。」

 そうだよ。

「もうちょっと、調べてみるわ。情報ありがとう。」

 有効活用してね。


「ところで、太郎さんの家庭で、妹さんとお父さまは、どうだったの?」

 妹っていうよりね、父が、家族を仲良くしようと、非常に努力したんだ。

「例えば?」

 毎年、家族で箱根にハイキングに行ってたんだ。

「箱根に、温泉ではなくハイキング?」

 そうなんだ。

 毎年父が、

『箱根の計画立てろ。』

と、私に言って、私が、時刻表と、国土地理院の2万5千分の1の地形図で、ルートを決定して、準備する。

 そして、1泊2日で、明神ヶ岳や明星ヶ岳や神山に登ったんだ。

 家族で歩くから、会話が生まれない、という状態には、ならない。

「太郎さんの『ものすっごく幸せな家庭に育った』というのは、どこまでも、本当ね。」

 まあ、そうだね。

 後、父は良く映画に家族を誘った。

「全員を?」

 全員のこともあったし、1人ずつのこともあった。

『レイズ・ザ・タイタニック』『E.T.』『007/ネバーセイ・ネバーアゲイン

などは、父と見た。

「妹さんは?」

ウォール街

とか連れて行ってもらってたな。他にもいくつも行ってたはずだ。

「うーん。やっぱりマニアック。」

 そうなんだよ。妹は、沢山見てるから、連れて行くのも大変なんだよ。

「じゃあ、妹さんは、お父さまと、しゃべる機会が、沢山あったわけね。」

 まあ、そうだね。

 麻友さんも、もう22歳なんだから、お父さまを映画にでも誘っちゃえばいいんだよ。

「大人になったという自覚を持てなくて・・・」

 私が、いつ、

『大人になった。』

という自覚を持ったか、教えてあげようか。

「聞きたい。」

 父と努めていた会社を辞めて、その次の職も辞めた後、2008年4月から障害者のための自立移行支援の施設ねくすとに通い出した。今は大船にあるけど当時は鎌倉にあった。

 そこで、就職のためのプレゼンテーションの練習のために、株式会社アンバリッドの広瀬直子さんという、スチュワーデスか何かを以前していた先生を迎えて、特訓をしてもらった。

 その時、私は、何度も、

『私は(わたしは)』

と言ってしまうのを、

『私は(わたくしは)』

と直された。

 だから、それ以来、私は、このブログで、『私は』と打つとき、変換後は同じだけれども、『わたくしは』と打っている。

 また、人と話すときも、

『わたくしの考えでは、・・・』

と、言うようになった。

 この時以来、『ぼく』でも『わたし』でもなく、『わたくし』と言うからには、大人なのだ、という自覚が芽生えたのだ。

 麻友さんも、この見えない努力、してみたら?

「ふーん。」


 さて、子供の算数から、大人の数学への架け橋上にいる私達。次の定義により、足し算を定めよう。



 定義 13

 {A}{B}自然数であるとき、定義 12 により、

{A+B}

は、自然数である。

 この、{A}{B}に、{A+B}を対応させる操作を、

『エイ、たす、ビー』

という。

『エイ、と、ビー、の足し算』

とも言う。

 定義 13 終わり



「こんなの、何も、定義してないじゃない。」

 今の段階ではね。

 次の定理を証明しよう。

「証明?」



 定理 14

 任意の自然数{A}{B}について、

{A+B=B+A}

が、成立する。

 証明

 {A+B=B+A}ということは、等号の左辺と右辺の模様が同じということだった。

 この場合、並んでいる{1}の数が、等しいということだ。

 {A}に並んでいる{1}の数と{B}に並んでいる{1}の数は、順番を入れ換えても、変化しないはずである。

 だから、{A+B}{1}の数と{B+A}{1}の数は、等しいはずである。

 よって、{A+B=B+A}が、証明された。

 証明終わり



「これが、足し算の交換法則の証明?」

 そうだよ。

「私が、中学校の頃は、

『これは、交換してもいいですね。ひとつの法則です。』

と習ったけど。」

「定理として証明することじゃなくて、成り立つと認める、ものなんじゃないかしら。」

 それは、自分の数学が、どこまで進んでいるかによるんだよ。

 こういうところで、

『小学校や中学校では、足し算というものを、天下り的に教えるから、その交換法則も、天下り的になるんだ。』

という説明をすると、多分、文系の麻友さんは、私が、『あまくだり』という言葉を、間違った使い方をしたと、感じるだろうけど、理系の大学生の間では、

『あまくだり』イコール『理由をきちんと説明せず、いきなり定義すること』

という暗黙の合意があるから、間違いではないんだよ。

「ちょっと、天下り的な説明すると、許さないわよ!」

 おお。うまく使えてる。

「太郎さんは、『天下り』なんて言葉、いつ覚えたの?」

 高校1年のときの担任の数学の先生が、転校するとき、

『この本は、あげます。』

と言って、次の本をくれた。

梶原壤二(かじわら じょうじ)『独修微分積分学』(現代数学社

独修微分積分学

独修微分積分学

 この本が、私の大学生活に恐ろしい影響を与えることを、その時誰も知らなかった。

 とにかく、高校3年生になった時、私は数学の先生から、クラスで私だけ、テイラー展開の剰余項(厳密にはテイラーの定理の剰余項)を説明するプリントをもらったので、お返しにテイラー展開に関するレポートを書いた。

 その時、もちろん、私が微分積分を勉強した、

山口恭(やまぐち やすし)『微分積分入門』(コロナ社)

微分・積分入門 (1964年)

微分・積分入門 (1964年)

も、参考にした。

 また、

渡部隆一(わたなべ りゅういち)『テイラー展開』(共立出版数学ワンポイント双書)

テイラー展開 (数学ワンポイント双書 9)

テイラー展開 (数学ワンポイント双書 9)

という本を買ってきて、読んだりもした。

 しかし、そもそも、レポートを書こうと思ったのは、上の梶原さんの本の171ページに、



この機会に,今迄証明無しに用いて来た{\rm{Taylor}}の定理を証明しよう.そのためには,大変天下り的であるが(数学は元来民主的でない),・・・



と書かれていて、いきなりある式を、定義していたのが、気にくわなくて、それが出てきた理由を、私なりに調べて、レポートにまとめようというのが、きっかけだったのだ。

「そのとき、大学生向けの本で、『天下り的』という言葉を知ったのね。」

 そう。辞書は調べなかったけど、前後関係で、意味は分かった。


「その本が、大学生活に恐ろしい影響を与えたというのは、どんなことなの?」

 この本には、長いまえがきがあるんだ。

 普通に、『はしがき』が3ページあった後、『微積分の学び方とこの本の使い方』というのが4ページある。

「まえがきが、多いとどうなるの?」

 こんな一文がある。



 実数の連続性公理に基き,公理論的にアクセスをされるとチンプンカンプン,独仏語の会話より難しく,何のことか,さっぱり分からない.これが本書のように,後半の9章にでも出て来れば,未だしも,大学に入学して最初の微積分の講義で出会うと,まるで他の遊星にでも迷い込んだように,不安で堪らず,身も世もないことになる.



 これを、高校2年生の時に読んだ私は、

『けしからん。』

と思った。

「何に対して、『けしからん。』と、思ったの?」

 現代の数学のあり方に対して。

「そんな、オーバーな言い方をせず、大学の先生に、腹を立てたの?」

 いや、高校から入ってきた学生が、最初の授業でとまどうような教え方を良しとする、現代の数学のあり方が、許せなかったんだ。

「そんなことを言うなら、太郎さんには、もっと良いやり方の案があったの?」

 私は、高校2年生のとき、この前書いたように、集合論も知ってたし、大学1年生が躓く難所で有名な、イプシロン-デルタも、次の本で、学習していた。

田島一郎(たじま いちろう)『イプシロン-デルタ』(共立出版数学ワンポイント双書)

イプシロン-デルタ (数学ワンポイント双書 20)

イプシロン-デルタ (数学ワンポイント双書 20)

 だから、高校生が、スムーズに大学数学に慣れる方法を知ってたんだ。

「どうやったら良かったの?」

 もっと、具体的に、概念を把握していけば、いいんだ。

「でも、太郎さんのこのブログ、ちっとも具体的でないわよ。」

「さっきの足し算の交換法則も、{A+B=B+A}なんて、{A}{B}を使ってるから、分かり難いったらないわ。」

「実際に、{3+5=5+3}みたいに、書いてもらわないと、実感をつかめないわよ。」

 そう。まさに、麻友さんが、感じた、具体的でないという概念。つまり、抽象的だ、ということが、数学をやっていく上で、常に重くのしかかる。

 数学を理解するとは、いかに抽象的なものを、具体的にほぐしてやって、理解できるかなんだよ。

 『宇宙の年齢を求める(その6)』でも、同じような話をしたよね。ハガキに書かなくっても、分かっちゃうことが、すごく沢山あるって。

「で、『けしからん』と、思ったからどうしたの?」

 大学の最初の授業を楽しみにしていた。

「数学の授業?」

 そう。

 そして、先生は、本当にさっき言ったような授業をした。

「どうなったの?」

 各県の進学校で、数学が1番できたような、ものすごい集団だけど、クラスの8割方は、授業が理解できなかった。

「あの本の通りなのね。私、大学の理系の学科なんて、間違っても行っちゃ駄目ね。」

 いや、麻友さんは、私が鍛えているから、京都大学の理学部でも、東京大学理科一類でも、ついて行かれるよ。

「私、そんな、絶壁を登らされたのね。」

 私は、まさか、麻友さんが、そんなに数学を知らないって、知らなかったからね。


「それで、太郎さんは、どうしたの?」

 クラスの人たちと、自主ゼミをやろうって言ったんだ。

「じしゅぜみって?」

 先生についてもらわずに、学生だけの有志5,6名で、本を決めて、一緒に読むんだ。

「太郎さんは、いくつ自主ゼミをやってたの?」

・川口周君のゼミ

・グライダー部の親友たちとのゼミ

クローン病になってしまったX指定の親友たちとのゼミ

・抽象代数学のゼミ

トポロジーのゼミ

の5つ。

 本当は、X指定の親友とは、『数論』と『体とガロア理論』の2冊読んでたから、ゼミは合計6つ。

「じゃあ、毎日じゃない。」

 そう。だから、準備が大変で、授業を放っておいて、ゼミばっかりの生活になる。

「えっ、じゃあもしかして、授業に出なくなり、生活が不規則になって、昼夜逆転の生活になり、そこに失恋のショックが加わって、発病ということになったわけ?」

 まさに、その通り。

 あの本で読んだことに、

『けしからん』

と、腹を立て、先生を信用せずに、突っ走ったのが、病気の原因のひとつ。

「太郎さんが、自分の病気の原因が、『学問に対する潔癖さ』だと言ってたのが、やっと分かったわ。」

 これは、長い時間、説明しないと、理解してもらえない。多分、私の主治医も、理解してないと思う。

「そういう話は、しないの?お医者様と。」

 ここまで、つっこんだ話は、なかなかできない。

 カウンセラーじゃないんだから。

「あっ、そうか。一月に一回行ってるとは言っても、10分くらいなのか。」

 そう。10分で、この1ヶ月に何があったか話し、薬をどうするか決め、渡辺麻友さんとはその後どうですかと聞かれ、次回を何日にしましょうかと聞き、お母さまからみてどうですか、と聞くんだ。とても、こんな話は、できない。

「私のことって、なんて答えるの?」

 正直に書くよ。


 麻友さんとの関係は、悪くなっていません。

 いくつか、私への信号も感じてます。

 そのうち、コンサートで、陰からそっと見に行くつもりです。


 これが、前回、答えたコメント。

「先生は、なんておっしゃるの?」

『あまり無茶はしないでね。』と言う。

「それが、統合失調症の患者への答え方なのかしらね。」

 麻友さんに取って、私は、たくさんいるファンの一人ではなく、ただ1人のかけがえのない人のはずだよね。

 それを信じて、数学と取り組もう。

「足し算の交換法則が、法則なのか、定理なのか、という話だったのよ。」

 私達は、これを、もっと根源的な理由(模様として等しい)を用いて証明したのだから、私達に取っては、定理だ。

「数学は、どこまでさかのぼれるの?」

 結局、いずれ麻友さんも、研究する、論理的推論を規定する14個の推論パターンと、数学で必要になる22個の公理にまで、さかのぼれる。

「じゃあ、その36個の約束事があれば、数学は全部できるの?」

 普通の数学は、全部できる。

「普通じゃない数学というのは?」

 否定の否定が肯定にならないような数学とか、初めから有限個のものしか扱わないとする数学など、いくつかある。

「そういう変な数学の研究は、いつするの?」

 今の普通の数学の中にも、美しい定理や理論はいっぱいある。また、物理学への応用も、見据えている。変な方へ行く前に、それらを楽しもうよ。

「私の数学として作って行くには、どんな工夫をしたら良いのかしら。」

 高校2年のときの私が、

『今の数学は、けしからん。』

と思ったように、麻友さんも、

『太郎さんの数学の進め方は、けしからん。』

と、批判的に見るのもひとつの方法だね。

『私だったら、こうするわ。』

というものを、見つけて行ったら良い。

「じゃあ、足し算の交換法則は、太郎さんの証明に頼らず、私の数学では、“正しいことを私が認めるから”、『足し算の交換法則は、正しい。』としても、いいのかしら。」

 もちろん、それでいい。

 自分を信じて。

「今日は、早い時間に始めたからまだ、20時ね。」

 でも、もう6時間も書いてる。

 そろそろ、止めよう。

「次回は、どんな話かしら?」

 2つの数のどっちが大きいか、という話をする必要があるね。

「不等号の話ね。」

 父との『たのしい算数』の話題が、紛れ込むよ。

「楽しみだわ。」

 じゃあね。

バイバイ

 現在2016年8月12日20時18分である。おしまい。