女の人のところへ来たドラえもん

21歳の女の人と43歳の男の人が意気投合し、社会の矛盾に科学的に挑戦していく過程です。                    ブログの先頭に戻るには、表題のロゴをクリックして下さい。                                   数式の変形。必ずひと言、添えてよ。それを守ってくれたら、今後も数学に付き合ってあげる。

右がどっちか答えるまで10分かかる少年

 現在2016年1月28日22時39分である。

 いらっしゃい、麻友さん。

「10日ぶりくらいかしらね。」

 今日は、私の覚えている限り、最も古い記憶から、話そうと思う。

「それが、私達の科学と関係あるの?」

 関係ある。

 私達の人生が、少なくとも、過去の方向には、無限に伸びていない、ということの、証拠の一つになる。

「『死んだ人を生き返らせる。』という目標のためなのね。」

 もちろん、そのためでもあるけど、

『人間は、自分で思っているほど、長い年月、ずっと勉強してきたわけではない。』

ということに気付いて欲しいのでもある。

「それに気付く、目的は?」

 私が、44年もかけて、勉強したり研究した成果だから、他の人も、40年くらい勉強しなければ、分かるわけない、などと思う必要がないと、気付いて欲しいから。

「目的は、それだけなの?」

 本当のことを言うと、

『子供は、本当に小さいときから、考えている。』

『子供が考えるのを、邪魔してはいけない。』

ということを言いたい。

「そういう結論のために、話そうと言うわけ。どこまで意味があるのか良く分からないけど。」

 とりあえず、結論は話したので、始めよう。


 私の思い出せる限りの、一番古い記憶は、3歳の頃のものだと思う。

 3歳の頃、私は、渋谷の会社の社宅に住んでいた。

 ある日の夕方、母に、

『こっちが、右手よ。』

と教わった。

 私は、寝付きの悪い子供だった。眠る前、時間があったので、

『教わった、右手が、どちらなのか、覚えていられるようにしよう。』

と思った。

 ちょうど、右側には、古い大きなテレビが置かれていた。

 私は、

『このテレビのある側を、右側と、覚えよう。』

と思った。

 そして、眠りに落ちた。


 次の日、お天気が良かったので、父と母と私と妹は、自宅から代々木公園へ向かった。

 原宿の駅が近付いた頃、母が、

『太郎が、右左を分かるようになったのよ。』

と言った。

 私は、

『これは、聞かれるな。』

と、身構えた。

 案の定、父は、

『太郎。右手は、どっちだ?』

と、聞いてきた。

 私は、考えるとき今でもそうするように、特に何もない方向へ視線を向けて、考え始めた。

 普通の子なら、

『こっちが、右。』

と答えるか、

『分からない。』

と、答えるか、どちらかなのだろう。

 だが、私は、考え始めてしまうのだ。

「色んな子供がいるわよ。太郎さんが、特別ってことはないわ。何を考えていたの?」

 何を考えていたかというと、

『昨日の晩、テレビのあった方が、右なのだった。』

『起きたとき、テレビは、こちらにあった。だから、こっちの手が右側だった。』

『洗面所に向かうまで、柱の周りを、回ったから、こっち側にあったのが、右手だった。』

『食事で、椅子に座っていたとき、こちらが右側だった。』

『家を出るために、玄関で靴を履いていたとき、こちらが右側だった。』

『社宅の階段を、1周り半して、こっちが、右側になった。』

『社宅の門へ向かう途中、こっちが、右側だった。』

『門を出て、渋谷小学校の側に渡ったとき、こっちが、右側だった。』

『児童会館の前に来たとき、こっちが右側だった。』

『児童会館の前の信号機を渡ったとき、こっちが右側だった。』

『キューピー本社ビルの前を通ったときは、こっちが右だった。』

『宮下公園の中を通ったときは、こっちが右側だった。』

『小さなガードをくぐったときは、こっち側が、右だった。』

西武デパートの前の信号を渡ったときは、こちらに右手がついていた。』

『消防署の前を通ったときは、こちらが、右だった。』

『山手線の線路に沿って、この坂を登ってきたとき、右手はこちら側についていた。』

『そして、今・・・』



「ちょっと、待って。今、何を話しているの?」

 つまりね。あの時、私は、前の晩、覚えた、右手がどっちかという基準を、そのまま現実にあてはめて、今、右手がどっちかを導こうとしていたんだよ。

「じゃあ、あそこを歩いていたときは、こっち側だった・・・というのを、今いる場所まで、続けたわけ?」

 そう。

「それで、正解は出たの?」

 出たよ。10分くらい考えていたけど、私は、小さい頃から方向感覚が良いから、途中でどこを通ったか迷うこともなく、そのときいた場所まで、辿ることができた。

「それで、お父さまは?」

 父と母は、とっくに、私が、分からないのだろう、と思ったらしく、しゃべり始めていて、私が、

『こっちが、右手。』

と、上げたときには、

『ああ、そうね。もういいのよ。』

と、私が、ものすごく考えていたのに気付いていないようだった。

「それで、何が言いたいの?」

 私は、

『こっちが、右手。』

と言って手を上げながら、

『今、この場で、布団に横になって寝ているところを、想像して、どっち側にテレビがあるのか思い浮かべれば、すぐ答えが出る。』

ということに気付いたんだよね。

「まだ、テレビが、必要なの?」

 何も使わずに、右が分かるようになるまでには、もうすこし時間がかかった。

「で、結局、何を言いたかったの?」

 これって、数学の定理と同じだと思うんだ。

「どこが?」

『夜寝たときテレビのあった側が右。』

というのを、用いて、

『今、どっちが右か。』

を導くのは、第一原理からすべてを証明していって、やっと最後に、

『こっちが、右と分かる。』

というもので、非常に時間もかかるし、途中で間違える可能性もある。

 ところが、

『今、この場で、布団に横になって寝ているところを、想像して、どっち側にテレビがあるか思い浮かべる。』

ということをすることで、一瞬でどちらが右か分かるようになった。

 これこそが、一つの定理を作ったということなんだよ。

「『定理』っていう言葉が、曖昧に使われてるわね。」

 私達は、今後、この、

『右手はどっちか?に楽に答える方法のようなもの』

を、『定理』と呼ぶことにしよう。

「『定理』って、証明できるものじゃないの?」

 完璧に『定理』という言葉を定めてしまうと、かえって使いにくい。

『考えるのを楽にするものを、定理と呼ぶ。』

としておけば、今後使いやすい。

 さっきの、

『どっちが右か?』

の定理も、証明できるものではない。

「そうよ。証明してないわ。」

 そのことなんだよ。わざわざあんな話を持ち出したわけは。

「どういうこと?」

 証明っていうのは、ある意味、自分で納得するための、補助手段なんだ。

「ちょっと。数学の天才が、証明は二の次ですって?」

 数学者にもよるだろうけど、数学での証明って、あるところから先は、

『信ずるものは救われる。』

という部分があるんだよね。

「どういうこと?」

 つまりね。数学を築くためには、その築いている最中の数学が、矛盾しない、ということを、仮定しなければ、ならないんだ。

 そして、うんと易しい部分に関しては、数学自身が矛盾しないということを仮定しなくても、その易しい数学が矛盾しないことを証明できるけど、ほとんどの場合、数学が矛盾しないことは、証明できないんだ。

「エッ、じゃあ、数学って、そんなに危なっかしいものなの?」

 いや、危なっかしいと思うのは、数学が矛盾する可能性があると知って、ショックを受けたときだけなんだ。

「どうすればいいの?」

 自分で、数学を、実際に、築いていってれば、恐いことはない。まずいのは、他の人の築いた数学を、そのまま鵜呑みにした場合だね。

「結局、数学にも、楽園は、ないのね。」

 どう思うかは、自由なんだけどね、さっきの、

『どっちが、右か』

という場合、私は、実際、ああやって、10分かけて、

『こっちが、右だ。』

と、分かった。

 そして、分かってみたら、もっと易しい方法があった。

 この場合、人間は、次回から、易しい方法を使うようになる。

 そして、本当に納得した場合、証明したかどうかは、あまり関係なくなる。

「だから、どうすれば、いいの?」

 納得すれば、証明は二の次。

 逆に、証明しても納得できないのなら、もっと食い下がるべきだということなんだよ。

「分からないものを、知ろうとして、食い下がって、見返りがなかったら?」

『私は、どこまでも食い下がった。』

という思いが、見返りなんだろうね。

「なんだか、辛い世界ね。」

 研究なんて、どの分野でも同じだよ。

 数学は、誰がやっても同じ結果が出るから、その点、公平だね。これが、魅力の一つだと思う。

「そういう数学を、これからやっていくのね。」

 やって行きましょう。

「喜んじゃって。最初の目標が、達成されたのかしら。」

 ところで、麻友さんにも、覚えている限り、一番小さかったときの思い出を、思い出しながら来て下さいと、いっておいたけど、何か思い出せた?

「私も、3歳頃の思い出なんだけど、おかあさんが、にんじんの煮物を作っていたのよね。前食べたときは美味しかったから、美味しいものだと思って、食べようとして、口に入れたの。」

 美味しかった?

「それが、おかあさん、まだ煮たりなかったのね。硬かったのよ。ゴリッて感じで。」

 えっ、もしかして、それが原因で?

「そうなの。私が、野菜を嫌いになったのは、あれ以来なの。」

 そうだったかー。

 でも、嫌いなものがあるのは、あるで、人生楽しめるよ。

「そうかしら。」

 そのうち、私とカレーの話をしてあげるよ。

「じゃあ、今回は、ここまでね。」

 うん。バイバイ。

「バイバイ。」

 現在2016年1月29日23時26分である。おしまい。