女の人のところへ来たドラえもん

21歳の女の人と43歳の男の人が意気投合し、社会の矛盾に科学的に挑戦していく過程です。                    ブログの先頭に戻るには、表題のロゴをクリックして下さい。                                   数式の変形。必ずひと言、添えてよ。それを守ってくれたら、今後も数学に付き合ってあげる。

整数環(その6)

 現在2018年4月30日17時20分である。

「『安浪京子VS松田太郎』の4回目ね」

 題名では、整数を扱うことになってるけど、今日は、分数や小数にも、話を広げる。

「だったら、『有理数体』とすべきだったんじゃない?」

 有理数、つまり分数を扱うためには、どうしても割り算が必要。

 でも、私達は、まだかけ算すら、正式には定義してない。

「あっ、そうか。太郎さん、足し算と引き算しか定義してないのか。かけ算は、どうやって定義するの?」

 この段階で、かけ算というものが、ものすごく難しいものだったということに、気付く。

 実は、自然数に足し算という算法だけを与えた数の体系は、無矛盾であり、同時に完全であることが、証明できる。

 これは、プレスバーガー算術と呼ばれるものだ。

「太郎さん、証明チェックしたことあるの?」

 残念ながら、この証明はまだ見てない。

 でも、Wikipediaに堂々と書いてあるくらいだから、本当だろう。

プレスバーガー算術


モイジェシュ・プレスバーガーはプレスバーガー算術に関して以下を証明した。

無矛盾 : 任意の文とその否定が共に演繹可能であることはない。
完全  : 任意の文が演繹可能であるか、もしくはその否定が演繹可能である。
決定可能: 任意に与えられた文が定理であるか定理ではないかを判定するアルゴリズムが存在する。




 演繹(えんえき)というのは、その公理から、導けるということね。

「こういう場合、太郎さんは、どう思うの?」

 多分正しいのだろうな、とは思うけど、証明をきちんとチェックするまでは、保留つきで扱う。

「『証明をきちんとチェックする』というのは?」

 私が、証明するときは、きちんと全部を論理記号で書けたな、と思ったときに、ゴーサインを出す。

「必ず、記号で書くの?」

 毎回全部を記号で書いてると大変だから、ここは前に書いたな、というところは飛ばして、新しく増えたところを、書いていく。

「それで、全部記号で書けたな、と思う?」

 思えるところまで、訓練してある。

「公理は、定めないの?」

 もちろん、ベルナイス・ゲーデル集合論の公理は、仮定する。でも、なるべく選択公理を無制限に使うのではなく、可算選択公理を意識して使っている。

「その『かざんせんたくこうり』というものは?」

 いずれ、麻友さんにも説明するよ。今は、まだあまりにも語彙が少ないから、説明できない。


「それで、自然数に足し算だけの体系は、性質が良いという訳ね」

 そういうことだ。無矛盾で、完全で、決定可能。

 矛盾しないし、正しいか正しくないか曖昧でもなくて完全だし、あらゆることが定理かどうか有限の時間で決定できる。

 素晴らしい性質だ。

「それが、自然数の性質なの?」

 いや、自然数と足し算を考えた体系の性質だ。


 もし、自然数と足し算とかけ算を考えた体系になると、完全でなくなるし、決定可能でもなくなる。

「えっ、それって、普通の自然数が、完全でないというの?」

 そう思うよね。

『普通の自然数

というとき、どういうものを、思い浮かべる?

「3とか5とか、{4 \times 12 =48} とか、{46 \div 2 =23} なんか」

 そう。その程度だよね。

 だから、そういう自然数が、完全でない、つまり、ある定理が正しいか正しくないか決定できない、なんてことが起こるとは思えない。

 ところがね、麻友さんも、以前話したから知っているように、{x^2+y^2=z^2} をきちんと満たす、自然数{x,y,z} の組は、あるだろうか? というようなものだって、自然数の問題なんだよ。

「あっ、それは、たしか、{(3,4,5)} が、答えのひとつで、もうひとつ、{(5,12,13)} というのも、あるはずよね」

 さっすが、特待生。その調子。

 今、麻友さんが、上げたようにして、実は、無限に多くの組み合わせが、見つかる。つまり、この場合には、無限に多くの自然数解が、存在する。

「無限に多くあるということは、証明できるの?」

 うん。それくらい、私を困らせなきゃ駄目だよ、聞き手は。

「太郎さん。困ってる?」

 『代数学辞典』、見れば、一般解が書いてあるの知ってるんだけど、取り出すの面倒だなって、思ってた。

「わー、見たい、見たい」

 分かった。

 ゴトゴト。パラパラ。これだな、

{(2pq)^2+(p^2-q^2)^2=(p^2+q^2)^2}

で、{p,q} を、どんどん大きい自然数にしていけば、いくらでも、自然数解が、作れる。

「えっ、これ、どうやって、使うの?」

 例えば、{p=7,q=4} とかすれば、

{(2 \cdot 7 \cdot 4)^2+(7^2-4^2)^2=(7^2+4^2)^2}

となるでしょ。だから、

{56^2+33^2=65^2}

という、ひとつの自然数解が、得られる。

「あーっ、私、これくらいのペースで、授業進めてもらえないと、ついて行かれないわ」

 今、私が、思案中なんだよ。

「何を?」

 麻友さんが、自分のブログで、『ネタ切れ』の回に、



まじで

結構やばいくらいには

不器用です。(語彙力




と、書いてて、麻友さんも、大学入ったばかりの頃の私に近いのかなあと思ってね。夏目漱石の『明暗』読んで、頭が漢字に満たされたという気持ちがしたという話、したでしょ。

 知識人としての語彙力の不足を、感じてるんだなあ、と思った。

「語彙力を高めるには、どうしたらいいのかしら?」

 他の人は、別な方法を教えるかも知れないけど、私からは、1にも、2にも、『辞書を引くこと』を、勧める。

 しかも、なるべく、辞書を引くだけでなく、『辞書を読む』こと。

「えっ、辞書を読むって?」

 例えば、今、『語彙』って言葉を、辞書で引いたとしよう。

 ただ『語彙』という言葉の意味だけを知りたい場合、

『ある人の有する単語の総体』

というところだけ見つけて、辞書を閉じるよね。

 でも、これは、非常にもったいないことなんだ。

 例えば、私の電子辞書で、『語彙』と引いた場合、



ご-い ・・ヰ【語彙】

 〘名〙(「彙」は集まり、類集したものの意)
①単語の集まり。一言語の有する単語の総体、ある人の有する単語の総体、ある作品に用いられた単語の総体、ある領域で、またはある観点から類集された単語の総体など。単語を集合として見たもの。
*国文学読本緒論(1890)〈芳賀矢一〉五「其語彙甚だ寡少にして」
②一定の順序に単語を集録した書物。文部省編輯寮の「語彙」(明治四年)、上田万年・樋口慶千代の「近松語彙」など。
*国語のため(1895)〈上田万年〉今後の国語学「文部省が斯学の名家を集めて大成せんと企てたる語彙」
③(俗に)ある単語の集まりに属する単語。用語。
*「遊蕩文学」の撲滅(1916)〈赤木桁平〉三「単に語彙句法の彫琢と、感傷咏嘆の濫費とによって捻出せられたものであるから」



というくらいの説明がある。

「太郎さん、これだけ写したということは、全部読んだのね」

 そう。よっぽどたくさん説明がない限り、解説を全部読む。余裕があれば、他の辞書も引いて比べる。

 これをやっていると、語彙力は、じわじわとではあるが、確実にアップする。

「じわじわじゃ、駄目なのよ。どんどんでなければ」

 語彙力を、どんどん上げるというのは、試験を受けるとかいうような理由でもなければ、あまり必要ではないんじゃないかな。

 だって、麻友さん、まだ、24歳でしょう。人生は、長いんだよ。じわじわっていったって、さっきの方法でも30歳になるまえに、かなりの博識になるよ。

「でも、太郎さんの辞書、高いわよねぇ」

 麻友さんのお給料もらってて、4万5千円の辞書が高いなんて。

 でもね、電子辞書でなくてもいいんだよ。

 スマートフォンで、ネットを検索してもいい。

 ただ、この場合、3行目まで読む、とか決めておかないと、いくらでも引っかかってきちゃうからね。

「ああ、ネットだと、制限がないのか」


 麻友さん。いい情報を教えてあげようか。

 私が持っているのと同じシリーズのカシオの電子辞書を買った場合、私が、フランス語の辞書のCD-ROM持っているから、ただで、フランス語の辞書を、装備できるよ。

「えっ、フランス語の辞書、とうとう買ったの?」

 うん。この間、退院したばっかりの頃、貯金が貯まって、買ったんだ。

 そんなに、無茶苦茶高いわけではなかったんだ。6,154円だったんだよ。

「それは、カシオの電子辞書に、インストールするの?」

 パソコンと電子辞書をつなぐ、USBケーブルは買ったから、CD-ROMドライブがあれば、パソコン経由でインストールできるんだ。

「何カ国語でも、入れられるの?」

 それがね、電子辞書自体のメモリは、100メガバイトしかないんだ。

 フランス語の辞書は、それ自体が、100メガバイト近くあるから、他の言語の辞書までは、入れられない。

 ただ、まだやってみたことがないので、分からないんだけど、空のマイクロSDカードを買ってきて、それに、CD-ROMの辞書をインストールできるようなんだ。

 空のSDカードは、32ギガバイトとかあるから、そういうことができれば、何カ国語も入れられるはずだよね。

「あっ、そうか。英語とフランス語と、後、韓国語も、欲しいかな」

 そうだったね。

 外国語って、最初の1つをクリアするまでが、ものすごく大変なんだ。

 私の場合、英語がある程度できるようになってからだったから、大学でドイツ語習ったとき、ほんのちょっとだったけど、今でもドイツ語読むだけなら、ちゃんと辞書が引ける。


「カシオの電子辞書と言ったって色々あるでしょ。どう選べばいいのかしら」

 さっきの『語彙』の説明が出ているのは、『精選版 日本国語大辞典』という辞書なんだ。これは、最高機種のXD-Z20000にしか積まれていない。でも、何年も使うものだし、ほんの数千円の違いで、積まれている辞書の数が圧倒的に違ってくるのだから、最上位機種にしない手はない。液晶パネルに保護フィルムを貼って大事に使えば、パソコンより長持ちするよ。

「いいものは、高いのね。でも、語彙力について、考えてくれてありがとう」

 麻友さんが欲しいのは、自分の感情を的確に表現できる言葉かも知れないけどね。

「そうなのよね」

 それは、日本語の文学の領域だね。

 そういう文学的な方面を伸ばすには、辞書を引くだけでなく、文学作品を読まなきゃね。

「太郎さんは、どんな作品を、他の人に勧めているの?」

 この前のときは、AKB48にいたから、1ページだけしか指定しなかったけど、大江健三郎の『「新しい人」の方へ』という短編集の中の、

『賞をもらわない九十九人』

という短編は、ものすごく素晴らしい。

 単行本と文庫があるけど、文庫の方が、大江健三郎が、あとがきを書いていて良い。

「短編ということは、すごく短い?」

 うん。たった13ページ。

「他に、若い私に良さそうな本は、ないかしら?」

 そうだなあ、うーん。

 そうか、あれがいいかな。

「なに?」

 宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』。

「伝記?」

 いや、小説なんだよ。

 これは、今では、無料で読める。

「太郎さんは、どうして、この本を読んだの?」

 大学で、結構授業にも出て、真面目にやってることで有名だった人がいたんだ。

 あるとき、その人に、

『最近読んだ本で、良かった本はあった?』

と、聞いたら、

宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』が良かった』

と教えてくれたんだよね。

 それで、即その足で、図書館へ行き、岩波文庫の色の変わったぼろぼろの本を借りだして、読んだんだ。

「これは、長いの?」

 これも、13ページほどではないけど、短編だよ。

「良かった」


「それにしても、太郎さんって、他の人が勧めてくれた本を、素直に読むのよね」

 全部、読んでるわけではないけど。

「他に、勧められて、良かった本はある?」

 京都から、帰ってきた後、私が、女の人の生き方ばかり研究しているのを見かねて、母が、この本を読んだら、と言って、渡してきた。

立花隆『青春漂流』(講談社文庫)

「女の人の生き方ばかり研究って?」

 ボーヴォワールや、マザーテレサや、キュリー夫人とか、私って、女の人の生き方に、すごく興味あるのね。小学校の頃から、卑弥呼の伝記とか好きだったし、『ベルサイユのばら』のオスカルとかすっごく好きだし。

「男の人の生き方は、研究しなかったの?」

 私は、『ドラえもん』の、のび太君だったんだ。

「えっ、どうして?」

 のび太君は、一番好きなしずかちゃんと結婚できるんだよ。

「頼りないのび太君なんて」

 あれっ、でも、『大長編ドラえもんのび太の・・・』のときは、いつものび太が、頑張るんだよ。

「太郎さんの男性像は、のび太君のまま?」

 『銀河英雄伝説』で、ジークフリード・キルヒアイスを見てから変わった。

「いつ頃のこと?」

 多分、浪人してた頃だな。

キルヒアイスを、見た後も、女の人の生き方ばかり、研究してたの?」

 私にとって、男の人の生き方、というのは、自分の分だけあればいいから、そんなに困らないんだよ。

 でも、女の人は、私の相手になる人だから、世の中には、どんな素敵な女の人がいるのだろうと、すごく興味を持つんだ。

「分かったわ。それで、上の『青春漂流』は、男の人の生き方が、書いてあるのね」

 11人の男の人、その中には、多分麻友さんも知っている、ソムリエの田崎真也も、含まれているんだけど、その人達が、どうやって、人生の中の青春期を生きたか、ということが、書いてある。

「女の私に、面白いかしら?」

 だったらね、最初から読まずに、田崎真也のところだけ、まず読んでごらんよ。

 11個のオムニバスだから、どっから読んだっていいんだ。


「私が、語彙のことを書いただけで、こんなに、援助してくれるのね」

 勇気と度胸に関しては、また日を改めて、一緒に考えよう。

 日本語の語彙に関して、私は、文学部卒ではないから、なかなか難しいけど、科学に関して麻友さんの知っている言葉を、どんどん増やしていってあげるよ。

「うれしいわ」


 今まで以上に、麻友さんの語彙にあった、授業をするように心がけることにする。

「例えば?」

 毎回、具体例を作るとかね。

「助かるわ」


 それでね、さっきの、{x^2+y^2=z^2}自然数解に関係して、{x^3+y^3=z^3} に、自然数解は存在するか? という問題が、当然考えられた。

「どうなったの?」

 3乗以上だと、自然数解はひとつもないことが、証明された。

「ひとつもないの?」

 これは、1600年代のアマチュアの数学者フェルマが予想したが、その後360年くらい証明できなくて、1995年イギリスのワイルズによって証明された事実なんだ。

自然数だけでも、ものすごい難しい問題があるのね」

 だから、かけ算を加えた自然数の体系は、不完全などということになる。

「そっかー」

「その、かけ算を加えた自然数の体系が、不完全ということの証明も、太郎さんは、見てないのよね」

 いや、その定理、正確には、ゲーデルの第一不完全性定理の証明は、チェックしたことある。

「えっ、知ってるの? 見せてくれることも、できるの?」

 ちょっと、簡単には、見せられない。

安井邦夫『現代論理学』(世界思想社


 私は、上の本で、勉強した。

 この本は、必要な数学のほとんどすべての定理に、証明がついている、素晴らしい本なんだ。


「でも、自然数に足し算とかけ算を加えた体系が、不完全なままで、おかしなことにならないの?」

 普通の人は、帳簿をつけるとか、料理のレシピにあるグラム数を計り取るとか、気温や湿度がどうとかいうくらいのことしかしなくて、さっきのフェルマの予想のような問題は、考えない。

 つまり、この式を満たす、解があるか? などということは、考えないから、そもそも問題は起こらないんだ。

「不完全ということと、矛盾するということは、別なものなのね」

 そうだよ。不完全というのは、正しいということも、正しくないということも、証明できないことが、存在することであり、一方、矛盾するというのは、あることが正しいということも証明できるし、そのあることが正しくないということも同時に証明できることだから。


「それで、最初の問題の自然数のかけ算を、どうやって定義するの?」

 かけ算はね、足し算とは比べものにならないくらい、複雑になる。

 やってみよう。



 定義 35  乗法

 {A,B} を、自然数とする。

 {B=1} のとき、

 {A \times B=A \times 1=A}

と、定める。

 次に、自然数{C} を用いて、

{B=C+1} と、表されるとき、

 {A \times B =A \times (C+1) =A \times C+A}

と、定める。

 自然数は、{1} をいくつかつなぎ合わせたものであったから、{B} は、どちらかに分類される。

 そして、{1} の個数は有限個であるから、ある回数下の場合が起こった後は、{B} は、{1} になり、{A \times B}は、ある個数、{1} の並んだものとなる。

 これを、{A,B} の積という。

 そして、積を求める算法を、かけ算、または、乗法という。

 定義 35 終わり



「わっ、難しい。どうして、自然数は、{A=1+1+1+1} とか、{B=1+1+1} なんだから、

{A \times B}
{ = 1+1+1+1}
{+1+1+1+1}
{+1+1+1+1}

より、

{A \times B =\overbrace{1+ \cdots +1}^{12}}

と、しないの?」

 この場合の、{B} 個、つまり、{3} 個縦に並べる、という概念は、今までの {1} を1列に並べるという発想では、とらえきれないんだ。

 小学校では、四角く並べたものの個数と言って通じるけど、厳格に {+} という記号だけ使うとすると、そんなことは、できない。

「でも、その新しいものを、{\times} なんだとしたら?」

 {+} の記号を定義するときは、最初だったから、自由にできた。でも、2番目の {\times} を定義するときには、今までの {+} との関係を明らかにしなくてはならない。

 しかも、ふたつの自然数から、ひとつの自然数を決める。自然数は、{1}{+} でつないだものだけだと定義してある。

「ああ、そうか。それで、あんな段階的なものにしたのか」

 そう。

 例えば、麻友さんの例なら、

{ \begin{eqnarray} A \times B &=&(1+1+1+1)\times (1+1+1)\\
&=& \{(1+1+1+1) \times (1+1) \}+(1+1+1+1)\\
&=& \{(1+1+1+1) \times (1) \}+(1+1+1+1)+(1+1+1+1)\\
&=& (1+1+1+1)+(1+1+1+1)+(1+1+1+1)
\end{eqnarray}}

というように、ひとつずつほぐしていく。

「こうすることの、メリットは、何かあるの?」

 足し算だけを使って定義してあるから、かけ算の交換法則や、かけ算の結合法則を、足し算の定義だけから証明することができる。

「ああ、なるほど」


「それで、かけ算の定義ができたところで、『安浪京子VS松田太郎』をやったら?」

 そうだったね。

 まず、割り算も定義できたとして、分数の話をしよう。

 麻友さんは、分数の約分って、得意だった?

「約分? 例えば、{\displaystyle \frac{36}{48}=\frac{3}{4}} なんていうのよね。結構得意だったわ」

 じゃあ、例えば、{\displaystyle \frac{6}{111}} なんてのは?

「えっ、これ約分できるの? ああ、{3} で、割れるのか。{\displaystyle \frac{2}{37}} なのね。やっぱり、太郎さんが出してくる問題は、手強いわね」

 この約分って、数学的には、絶対必要な操作ではないけど、計算する上で、ものすごく重要な武器なのね。

「太郎さんは、どうやって、その武器を磨いているの?」

 私ね、起きているときは、ほとんど常に、目の前にあるものが、個数が偶数か奇数か、その個数が素数でなければ、約数がいくつか、というのを、計算し続けているんだ。

「えー、それ、どれくらいの頻度で?」

 例えば、鶴見駅を降りてきたところを想像すると、

 まず、『鶴見』という駅名は、偶数の2文字。

 読み方をひらがなで書くと、『つるみ』だから、3文字。

どちらも素数

 次に、駅のそばに、『First kitchen』がある。

『First』は、5文字、『kitchen』は、7文字だから、どちらも素数

 だけど、『First kitchen』とつなげると、12文字。12の約数は、1,2,3,4,6,12。

 日本語だと、『ファーストキッチン』だから、9文字。9の約数は、1,3,9。

 歩いてくると、『大戸屋』が見える。

大戸屋』は、3文字。読み方は『おおとや』だから、4文字。4の約数は、1,2,4。

 バスのターミナルがあるが、『馬場7丁目』行きのバスなら、5文字。読み方は、『ばばななちょうめ』だから、8文字。8の約数は、1,2,4,8。

 マックがある。マックは、色々と面白い。

{\mathrm{McDonald^{\prime} s}}』となっていて、アポストロフィエスを加えないと、8文字だが、それを加えると9文字になる。

「あー、信じられない。そんなことやってたら、普通の人、気が狂うわよ」

 でも、これやってるとね、倍数や約数の勘が、ものすごく敏感になるんだよ。

「そりゃそうでしょうよ。でも、安浪京子さんだって、そんな訓練しろなんて、言えないわよ。どれくらいの大きさの数までやってあるの?」

 先日甥が来たとき、公文をやってるのを見てあげてたんだ。甥が、連立方程式のエックスに、{\displaystyle x=\frac{38}{133}} を代入しようとしてるから、『{133}{7} で割ったら?』と聞いたんだ。『えっと、{19}』って答えたまま分からないから、『{38}{2} で割ったら?』と第二ヒント。

 つまり、{19} くらいまでは、アンテナに感度ある。

 でも、これを越えると、普通、計算機使うから、必要なくなるんだよね。

「でも、そんなに約分のエキスパートになる必要あるのかしら?」

 コンピューターで計算するから、とか思うでしょ。

 だけど、数学で、ほんのちょっとこれを計算したい、ということは、いくらでもあるのね。

 例えば、

{\left\{ \begin{array}{l}35x+38y=16\\
7x+57y=11 \end{array} \right.}

という連立方程式

 誰でもやるように、第2式を5倍して、

{35x+285y=55}

 これから、第1式を引くと、

{247y=39}

 だからといって、{\displaystyle y=\frac{39}{247}} を、用いて、{x}を求めるのは、ものすごく大変。

「ああ、{\displaystyle \frac{39}{247}=\frac{3}{19}} なのね。手計算でできるはずのものを、計算機にまわすのは、本当は良くないわね」


 約分に関しては、いつもやっていれば、できるようになる、という話だけど、もうひとつの小数に関する話は、誰にでも役に立つことだ。

「小数に関して?」

 麻友さんは、多分、私がバンバン使ったから、

{10^5=100000}

などという記法は、もう慣れていることだろう。

「ああ、宇宙の年齢を求めるとき、容赦なく使ってきたものね」

 あのとき、右肩の数、これを指数というのだけど、これが {5} だったら、

{10^5=100000}

のように、{0}{5} 個並ぶというのに、気付いただろうか。

「ああ、それは、知ってるわ。だから、7だったら、

{10^7=1\underbrace{0 \cdots 0}_{7}}

と、なるのよね」

 よく分かってる。問題は、これが、マイナスになったときだ。

「太郎さん、私が、まだ勉強してないこと、使ってきたのよね。調べて、{\displaystyle 10^{-3}=\frac{1}{10^3}} のことだと分かったわ」

 さすが、特待生だよね。

 指数法則と言って、

{a^m \times a^n=a^{m+n}}

が、正の数 {a} について成り立つように、{m}{n} が、負の数のときにも拡張するんだよね。

 ところでさあ、{\displaystyle 10^{-3}=\frac{1}{10^3}} って、小数で表すと、どうなる?

「えっと、{10^3=1000} だから、千分の1。そうすると、{1.} の小数点を、1つ、2つ、3つ、ずらして、{0.001} だわ」

 うん。そうなんだけどね、実は、これをものすごく簡単にやる方法があるんだよ。

「どうすればいいの?」

 小数点の右側の {0} ばっかりが、気になるでしょ。そこに落とし穴があるんだ。

 小数点無視して、並んでいる {0} の数、数えてみてごらん。{0.001} だったら?

{3} つ。えーっ、小数点の両側の {0} の個数と一致してたの? 例えば、

{\displaystyle 10^{-6}=\frac{1}{10^6}=\frac{1}{1000000}=0.000001}

もっと前に、教えてよ。いつも、小数点ひとつずつ動かしてたんだから」

 私は、いつ気付いたんだったかなあ。高校3年のときかなあ。

 なんか、良い覚え方があるはずだと思って、編み出したんだよね。

「せっかくだから、定理にして書いておきましょう。




 定理 36

 {n} を、自然数とするとき、

{10^n=1\underbrace{0 \cdots 0}_{n}}

{10^{-n}=\underbrace{0.0 \cdots 0}_{n}1}

が、成り立つ。

 証明

 小数点を実際に動かすことで分かる。

 定理 36 証明終わり



どうかしら」

 便利という点では、一応定理だね。普通は、この程度だったら、命題くらいにするものだけどね。


「『安浪京子VS松田太郎』は、これで、終わりかしら?」

 安浪京子さんの方が、負けていることは、まずないんだけど、私なりのちょっとした技を、紹介したんだよね。

「でも、面白いものも、結構あったわ。これで終わっちゃうのが残念」

 これからも、色々話してあげるよ。


 今後の話題として、次の3つを考えている。

1.ガロア理論(『数Ⅲ方式 ガロアの理論』と『体とガロア理論』のガイドブック)

2.公理的集合論の話(『現代論理学』と『数学基礎概説』のガイドブック)

3.微分積分の話(『解析入門Ⅰ』と『解析入門Ⅱ』のガイドブック)

 本は、それぞれ、

矢ヶ部巌『数Ⅲ方式 ガロアの理論』(現代数学社

藤崎源二郎『体とガロア理論』(岩波基礎数学選書)

安井邦夫『現代論理学』(世界思想社

大芝猛『数学基礎概説』(共立出版

杉浦光夫『解析入門Ⅰ』(東京大学出版会

杉浦光夫『解析入門Ⅱ』(東京大学出版会




「それぞれの本を、私に、説明しながら、ガイドブックを作るのね」

 実際には、これらは、当分、完成しないと思う。

「どうして?」

 上に上げた本どれひとつとっても、読み通すのに1年以上かかる本だから。

「じゃあ、なぜ?」

 社会の役に立つことをしようと思ってね。

「読みたい人のため?」

 例えば、『解析入門Ⅰ』という本は、読みたい人かなり多いと思うんだ。

 でも、難しくて挫折してる人かなりいると思う。

 私は、ほぼ全部理解しているけど、特に、第Ⅰ章の§3までは、全部のギャップを埋めてあるんだ。

 だから、§3まで、ガイドブック作るのは、大変じゃないし、逆にそこまでアシストしてもらえれば、その調子で、全巻読めてしまうという人も、案外いるんじゃないかと思うんだ。

「他の本は?」

 ガロア理論の本は、どこを取っても難しいけど、公理的集合論に関しては、私なりの入門の仕方、というのを、見せられると思う。

 いずれにせよ、絶対最後までやろう、なんて思うと、失敗するから、行けたところまでで、めでたしめでたし、としよう。

「太郎さんは、私に説明しているけど、後で私に振られたときには、この一連の記事を、科学の啓蒙のために使おうと考えているのね」

 しまいには、麻友さんまでが、そんなこと、言い出しちゃって。

 麻友さんは、いつまでも、私の恋人ですよ。

「本当のところ、どうあって欲しいの?」

 二人で、今後どうするか、真剣に、話し合いを持ちたいね。

 結婚も、恋人も、友達も、私達が、二人で定義すべきなんだよ。

「じゃあ、また、『結婚をシミュレート』みたいなこと、やってよ」

 というより、麻友さんも、『アメリ』が終わったら、シミュレートに加わってよ。

 あっ、『アメリ』で、思い出した。チケット取れたんだよ。

「2回目? 割合早く取れたのね」

 うん。リスト入力がんばって、8500円貯めたんだ。

天王洲銀河劇場では、もう千秋楽は、埋まってたでしょう」

 埋まってた。

 でも、前橋汀子さんのチケットを過去に取った経験上、イープラスは、手数料が高い分、残っている可能性があった。

「イープラスで、検索したの?」

 S席はなかったけど、A席は、わずかに残ってた。

 迷わず購入した。

 システム利用料216円、振込手数料216円、店頭発券手数料108円が、加算されて、9040円だったけど、千秋楽取れた。

「太郎さんが、2回行かれそうな気がすると言ってたの、本当になったわね。太郎さんの勘って、やっぱり当たるのね」

 最初から最後まで、気が抜けないよ。

 私のためと思ったら、勇気も湧いてくるでしょう。

 度胸だって据わるはずだ。

 双眼鏡持って行って、じっくり見てあげるからね。

「ありがとう。思わず、涙が出てきちゃった。太郎さん、好きよ」

 私も、麻友さんが、好きだ。

 おやすみ。

「おやすみ」

 現在2018年5月6日21時48分である。おしまい。