女の人のところへ来たドラえもん

21歳の女の人と43歳の男の人が意気投合し、社会の矛盾に科学的に挑戦していく過程です。                    ブログの先頭に戻るには、表題のロゴをクリックして下さい。

1から始める数学(自然数から整数)のまとめ

 現在2019年4月27日9時45分である。

 ブログは系統的に書くのが難しいので、話題毎に、そこで説明した定義や公理や定理を、まとめた記事を、書くことにした。

 まず、『1から始める数学』から。



 定義 1

 上の、

『1個と言ったり、一つと言ったり、一組と言ったり、ややこしいけど、麻友さんには、どれも同じように、個数が1つのものを表す言葉だと分かるだろう。』

という文章で使った、

『個数が1つのもの』

という言葉の、

『個数が1つ』

という抽象的概念を、

{1}

と、表す。

 通常は、これを、『いち』と読む。

 定義 1 終わり





 定義 2

 新しく、『{+}』という記号を導入する。

 これを、普通、『たす』とか、『プラス』と読む。

 使い方は、後で別に定める。

 定義 2 終わり



 定義 3

 定義 1で、定義してある、『{1}』(いち)と、

 定義 2で、定義してある、『{+}』(たす)とを用いて、

{1+1}』という記号の列を作ることを許す。

 『{1+1}』を、通常『いち、たす、いち』と、読む。

 『{1+1}』が、何を表しているかは、後で別に定める。

 定義 3 終わり



 定義 4

 新しく、『{=}』という記号を導入する。

 これを、普通、『イコール』とか、『~は、…』と読む。

 使い方は、後で別に定める。

 定義 4 終わり



「ちょっと!使い方は、後で定めるとかすると、またつけ込まれるわよ。」

 そうだね。

 じゃあ、その部分を補強しよう。



 定義 5

 記号、

{1}

は、自然数であると定める。

 定義 5 終わり




 定義 6

 記号、

{1+1}

は、自然数であると定める。

 定義 6 終わり



 <模様として同じなら、記号『{=}』で結ぶことを許す。>



 定義 7

 自然数が2つある時、その2つが、模様として同じなら、記号『{=}』で結ぶことを許す。

 つまり、自然数{A}と、{B}が、記号の並びとして同じなら、

{A=B}

と書けると定義するのである。

 定義 7 終わり




 定義 8

 新しく、『{2}』という記号を導入する。

 これを、普通、『に』と読む。

 使い方は、後で別に定める。

 定義 8 終わり




 定義 9

 記号『{2}』を、『{1+1}』の省略記号であると定める。

 これにより、『{2}』と書いてあったら、本来そこには、『{1+1}』と書いてあるのだと、思うわけである。

 定義 9 終わり




 定理 10

{1+1 \neq 1}

 すなわち、

{2 \neq 1}

が、成り立つ。

 証明

{=}』の定義より。

 証明終わり


 ただし、


 定義 11

 新しく、『{\neq}』という記号を導入する。

 これを、普通、『等しくない』と読む。

 『{=}』が、成り立たない時、この記号に、置き換える。

 定義 11 終わり




 定義 12

 {A}{B}が、すでに自然数だと分かっているとする。

 この時、{+}の記号を用いて、

{A+B}

と書かれる記号の列は、自然数である。

 定義 12 終わり




 定義 13

 {A}{B}自然数であるとき、定義 12 により、

{A+B}

は、自然数である。

 この、{A}{B}に、{A+B}を対応させる操作を、

『エイ、たす、ビー』

という。

『エイ、と、ビー、の足し算』

とも言う。

 定義 13 終わり




 定理 14

 任意の自然数{A}{B}について、

{A+B=B+A}

が、成立する。

 証明

 {A+B=B+A}ということは、等号の左辺と右辺の模様が同じということだった。

 この場合、並んでいる{1}の数が、等しいということだ。

 {A}に並んでいる{1}の数と{B}に並んでいる{1}の数は、順番を入れ換えても、変化しないはずである。

 だから、{A+B}{1}の数と{B+A}{1}の数は、等しいはずである。

 よって、{A+B=B+A}が、証明された。

 証明終わり




 定義 15

 {A}{B}を、自然数とする。

 このとき、{A+C=B}となる、自然数{C}が、ある時、

{A < B}(エイ、しょうなり、ビー、と読む。)

と書くことに、定める。

 また、{A=B+C}となる、自然数{C}が、ある時、

{A > B}(エイ、だいなり、ビー、と読む。)

と書くことに定める。

 定義 15 終わり




 定義 16

 ある定義が、矛盾なくきちんと定義できていることを、

『ウェルデファインド{(\mathrm{well-defined})}である。』

と言う。

 定義 16 終わり




 定理 17

 自然数{A}{B}について、

{A < B}{A=B}{A > B}の3つのうち、1つそして1つのみが、成り立つ。

 証明

1){A=B}が、成り立つ時、自然数{C}を持ってきて、{A+C}とすれば、{A+C=B}ではなくなるし、また、{B+C}とすれば、やはり{A=B+C}ではなくなるので、{A=B}のときは、{A < B}{A > B}は、成り立たない。

2){A=B}でない時。

私達の自然数は、{1}を並べたものに限られるので、左辺か右辺のどちらかが、{1}が多いのである。

2)-1)右辺の方が、多かったとしよう。この場合、足りない数だけの{1}を、用意し、{+}でつなぎ合わせて、自然数{C}を作ると、{A+C=B}となる。この時、{A < B}である。

 ところで、この場合、{A}より{B}の方が、{1}の数が多いので、{A=B+C}とは、ならない。

 従って、この時、{A > B}とは、ならない。

2)-2)左辺の方が、多かったとしよう。この場合、2)-1)の議論と同じようにして、{A > B}が、証明される。

 そして、この時、{A < B}とは、ならない。

3)以上により、すべての場合がつくされていて、どの2つも重ならないことが証明された。

 証明終わり




 
 ブログ本文で、番号を付けた、定義、公理、定理、は、以上であるが、主に最後の『1から始める数学(その15)』において、整数を作るために、多くの定義を導入している。

 明文化したいが、まだ、できていない。

 以下に、『1から始める数学』~『1から始める数学(その15)』の本文のうち、当時アイドルだった渡辺麻友さんとの数学に関係ない話題を、ほとんど削除した、要約を添付する。

 文字数にして、約30,000文字(30ページくらい)である。(このまとめの記事全体は、36,400文字くらいある)

 元の投稿自体は、このブログの『ブログ内検索』に、『1から始める数学』と入れて、検索すれば、沢山ヒットするが、そのうち題名が、『1から始める数学(その?)』(?は、読みたい番号)となっているものを、読んでもらえば良い。

 後になってから、他の投稿の本文で、『『1から始める数学(その7)』のヅカの話が、・・・』、などと書くと、それも、全部引っ掛かるので、あくまでも、題名が、お目当てのものを、読んで欲しい。


 では、以下に添付する。






『1から始める数学』より


<導入>

「『1から始める数学』って、何をしようとしていたの?」

 算数の話をしようとしてたんだよ。

「確か、お誕生日に贈ってくれた、大学ノートが、元の題名がそれだったわね。」

 うん。『1から始める数学 可算級善良超フィルターの存在定理』っていう題だった。

 あのラヴレター、届いた?

「もちろん、届いたわよ。でも、あんなに、モノクロームな、バースデーレター、太郎さんだけだったわ。」

 ノートの他に、カラフルな、カードでも付けようかとも、思ったんだけど、そうすると、あのポムポムプリン君が、みじめになっちゃってね。

「そう、プリンくんの絵が描いてあったのは、感心したわ。」

 どんな目だった?

「分かってるわよ。私の一番好きな目だった。」

 麻友さんは、漫画家としてデビュー出来るくらいだから、絵が上手いだろうけど、私は、絵がちょー下手なんだからね。





『1から始める数学』(その7)より


<定義 1への導入>

 宝塚の組のなかで、その名前が表しているものが、1個だけの組が一つだけあります。どの組でしょう?

「えっ、何、何?、ヅカで、1つの組?」

 これは、絶対、食いついてくると思った。ヒヒヒ。

「花なんて、いくらでもあるでしょ。雪は、物質名詞かも知れないけど、今年も何度も降ったわよね。月!月は1個しかないわよね。分かった月組よ。」

 ブー。

 麻友さんは知らないかも知れないけど、地球の月は、1個だけど、木星の衛星を、『木星の月』なんて言い方をするので、月は、たくさんあるのです。

「あっ、ひどい。『木星の月』なんて知らないわよ。じゃあ、残ってるのは、星組。星はたくさんあるわよね。最後は、宙組(そらぐみ)。あっそうか。宙(そら)って、空(そら)じゃなくて、宇宙(うちゅう)だったんだっけ。ずるいこと考えたわね。」

 いや、麻友さんは、本当は、間違えないはずだったんだ。

「間違えないって?」

 この問題を考えたとき、私、いわゆる地球の月と、宇宙の2つが、どっちも1個で、答えになる、ということに、気付いてなかったんだ。

「いつ、気付いたの?」

 『雪は、物質名詞かも知れないけど、今年も何度も降ったわよね。月!』まで、書いて、『月も1個だ。』と気付いたんだ。

「アッハッハッ。まだ、宝塚の訓練が、足りないのよ。」


 機嫌を直したところで、これを利用して、算数入門をしよう。

「どうやって?」

 私が、『1個だけの組が一つだけあります。』と言ったのに、実は、二組あった。

 1個と言ったり、一つと言ったり、一組と言ったり、ややこしいけど、麻友さんには、どれも同じように、個数が1つのものを表す言葉だと分かるだろう。

「わざと、難しくしないで。」

 ここで、わざと難しくしたのは、最初にボタンを掛け違うと、苦労するから。

「今、分からないと、駄目なの?」

 もちろん、何度も色んなやり方で、説明する。でも、最初に分かれば、それに越したことないでしょ。

「まあ、そうだけど。」


「それで、今、太郎さんは、何をしようとしているの?」

 小学校や中学で習うのとは違うやり方で、算数を始めたいと思う。

「どうして、違うやり方をするの?」

 麻友さんも、同じことを聞くんじゃ、退屈だろうと思って。

「退屈でもいいと思ってたんだけど。」

 まったく違うわけじゃないんだ。学校と同じところもある。

 とにかく麻友さんが、適度の緊張感を持って、読めるようにするよ。

「太郎さん、文系の女の子の数学の力、全然分かってないんだから。丁寧に説明してよ。」

 私が、麻友さんに捧げる、作品を作っているつもりで、頑張るよ。

「2日間、寝ていた効果あったかもね。」

 今日の最後に、『{1}』の定義をしよう。

「やっと『1から始める数学』ね。」




 定義 1

 上の、

『1個と言ったり、一つと言ったり、一組と言ったり、ややこしいけど、麻友さんには、どれも同じように、個数が1つのものを表す言葉だと分かるだろう。』

という文章で使った、

『個数が1つのもの』

という言葉の、

『個数が1つ』

という抽象的概念を、

{1}

と、表す。

 通常は、これを、『いち』と読む。

 定義 1 終わり




<定義すると言うことの意味>

「こんなややこしいことするの?」

 こういうものはねぇ、ちゃんと定義したぞ、という安心感を持てるかどうかが、すべてなんだ。

 だから、ずさんな定義でも、本人が納得していれば、それでいいし、逆に、どんなに完璧に定義しても、本人の心がぐらついていたら、定義失格なんだ。

 もし麻友さんが、上の定義に納得できなかったら、麻友さんなりに、『{1}』というものを、他のものと区別できるように、定義しないとならない。

「えーっ、そんなことできない。」

 こういう風に、麻友さんに麻友さんの数学を作らせて、それで、この世界を渡っていくところが、学校の算数や数学と違うところなんだ。

「でも、マジで、自分の数学なんて、築けない。」

 じゃあ、最初は、私のを、お手本にしていると良い。



『1から始める数学(その8)』より


<数学を3重に築くという話>

 明日は、{1+1}を、どう扱うかをやろう。

「やっと足し算ね。」

 このブログの記事が、もう『(その8)』になっているように、ある程度の算数を知ってからでないと、算数自体を、説明することもできないことが、分かると思う。

「8までの数え方を知ってなきゃ、2の説明も理解できない、ということ?」

 そう。

 この2重に重なった数学の築き方、というのは、ずっと続けて行くことになる。

「どれくらい先まで?」

 『最初に種明かしします』の精神に従って、正直に話すと、麻友さんが、今後、数学をやっていく上で、ずっと続く。

「エーッ、永遠に?」

 私なんて、幼稚園で知った算数からの流れ、これから麻友さんにも話す集合論に根ざすきちんとした数学の流れ、その他に麻友さんはここまで引き込まなくて良いと思ってるんだけど否定の否定が肯定にならないというとんでもない論理を使う直観主義集合論に根ざす特殊な数学の流れと、3重になっている。

「煩わしくないの?数学が3つもあって。」

 これは、いつも触れてるから、空気みたいになっちゃってる。でも、昔、危機もあった。2つあることが、煩わしいんじゃなくて、お互いが支え合っている感じなのに、共倒れしそうになったんだ。

「3つ目のが、『直観』って言ってたから、直観に訴えて、易しいんじゃないの?」

 大学入ったばっかりで、何も知らなかった頃は、私も、そうなんじゃないかな、と期待してた。でも、期待は大外れ。『直観』というのは、直観的に捉えられるもののみ扱う、ということで、『これは、扱えます。これは、扱えません。』と、ひとつひとつチェックしながら数学を進めていくもので、面倒くさいし、計算出来ないものも多くて、つき合いきれない数学。

「太郎さんでも、嫌いな数学が、あるんだ。」

 麻友さんは、よく分かってないけど、私は、『美しくないと駄目』な人間なんだ。

 だから、3重目は、きちんと組み上がってないんだ。



『1から始める数学(その9)』より


<正の整数への導入>

 今まで話してきた中で、色んな数字が出てきた。

・麻友さんの睡眠時間が1時間

とか、

・AKB48のトラックが時速48キロ

・タクシーが時速60キロ

・(光が)秒速30万キロ

・タクシーから見たトラックが時速12キロ

 それから、

アインシュタインが1番目、ボーアが2番目

とか、

・大学が4年間

などなど。

 これらの数に共通するのは?

「整数であることね。」

 そうだね。しかも、正の整数であることだ。

「分かった。これらは全部、2回前に定義した、『{1}』をいくつか足し合わせて、表せる。だから、『{1+1}』を定義すれば、後は、その繰り返しで、表せるって言いたいんでしょ。」

 はぁー、優等生に説明するのって、楽だなぁ。

 定義やっちゃうよ。


 定義 2

 新しく、『{+}』という記号を導入する。

 これを、普通、『たす』とか、『プラス』と読む。

 使い方は、後で別に定める。

 定義 2 終わり


 定義 3

 定義 1で、定義してある、『{1}』(いち)と、

 定義 2で、定義してある、『{+}』(たす)とを用いて、

{1+1}』という記号の列を作ることを許す。

 『{1+1}』を、通常『いち、たす、いち』と、読む。

 『{1+1}』が、何を表しているかは、後で別に定める。

 定義 3 終わり



 <{1+1}が、{2}だと、気楽に言わないという話への予告>

 こんなところかな。

「もっと大きい数が表せるように、いちたすいちが、に、だって言わなきゃ。」

 そこは、もうちょっと慎重にやる。

「どうして?」

 麻友さんは、子供の頃、先生から、1+1=2というのを習うとき、先生が、

『この1+1が、本当に2になるというのを、きちんと言うのは、大変なんですよ。』

なんて言ったことは、なかったかな?

「あったかも知れないけど、覚えてないわ。」

 私の大学の時の親友で、グライダー部の親友と言ってる人がいるんだけど、麻友さんには公認会計士になったと話したので分かりにくいね。同じ人なんだけどね、その人の、小学校の先生が、言ったそうなんだ。

「思い出した。英検1級持ってる人ね。その親友って。」

 そう。エピソードを色々話しておくと、便利だね。

「同列に、扱わないでよ。」




『1から始める数学(その10)』より


{1+1}が、{2}だと、気楽に言わないという話>

 じゃあ、本当の勉強も、少ししておこう。

「この前の勉強を、忘れちゃった。」

 {1+1}は、気楽に{2}としては、いけない、という話だった。

「思い出したわ。」

 私達は、まだ導入してないけど、ゼロを知ってるよね。

「もちろんよ。センターの位置には、{0}って、書いてあるぐらいよ。」

 じゃあ、聞くよ。

{0+0}』は?

「それは、もちろん、{0}よ。」

 つまり、まだ『{=}』という記号を定義してないけど、普通の使い方をすると、

{0+0=0}

だね。

「そう、その通り。」

 さて、ここで、マジックをやるよ。

「えっ、いきなり、マジック!?」

 私達は、すでに 定義 1 で、『{1}』という記号に意味を与えた。

「月と宇宙の個数ね。」

 そう。

 だけど、今、『{1}』という記号の意味を、『{0}』と同じとしてみよう。

「エッ、つまり、『{1=0}』ということ?」

 うわっ、さすが、優等生。言いたいことを、見抜いちゃう。

{1=0}だとすると、{0+0=0}だから、{1+1=1}となるわ。」

 速い、速い。みんなついてこれない。

 でも、結論は正しい。

「そういえば、{1+1}が、{1}になってる。」

 つまり、{1}という記号の意味を、見失うと、{1+1=1}などという、結論が得られるのだ。

「分かった。じゃあ、『{1}』という記号の意味を、見失わなければ、いいのね。」

 実は、このマジックには、第2章がある。

「何回目の第2章?」

 いや、冗談ではなく、本当に、マジックがあるんだ。

 私達は、まだ、『{+}』という記号を、使い方は後で別に定める、としていた。

 ここに、つけこむ。

「太郎さんの、私への愛情の示し方に、似てるわね。」

 麻友さん。普通に考えて、

{1 \times 1}

は、どうなる?

「分かった。{1 \times 1 = 1}とさせて、『{\times}』の記号の意味を、『{+}』に、担わせようっていう魂胆でしょ。」

 優等生の前で、マジックやるのは、ヒヤヒヤものだな。

 それで、結局、どんな式が得られた?

「まず{1 \times 1 = 1}の、『{\times}』の記号の意味を、『{+}』に、担わせるのだから、{1 + 1 = 1}ね。あら、また、{1+1}が、{1}になってる。どうして、{2}にならないのかしら?」

 それが、今日のマジックだったんじゃない。

「確かに、ちょっと変ね。{1 + 1 = 2}は、当たり前だと思ってたけど、全然当たり前じゃないわね。」

 麻友さんが、不思議に思うのも、当然。

 現在、大学で勉強している人でも、相対性理論のブログの、『SONY許せぬと書きたかったが4』のコメント欄に質問してきたような、疑問を持つのだから。

「あの投稿は、長かったけど、ちょっとずつ読んで、1から4まで、読破したわ。」

 ありがとう。

 感想は?

「2進数のことは、パソコン・オタクだから、知ってたけど、インラインアセンブラは、知らなかったわね。」

 嬉しいな。あのインラインアセンブラの知識はその後発展して、1つコマンドを入れる度に、それが、マシン語でどうなったか、逐一見られるものだと判明したところまで、進んだ。

「パソコンも、奥が深いのね。」

 でも、しょせん人間が作ったものだから。

「自然の深さには、かなわない?」

 そうだね。

「それで、マジックの種明かしをしてよ。」

 種を聞くと、がっかりするよ。

「がっかりしてもいいから。」

 {1 + 1 = 2}とするためには、{1 \neq 0}であり、{1 + 1 \neq 0}であり、{1 + 1 \neq 1}とすればいいんだ。

「ちょっと待って、『{\neq}』という記号の意味は?」

 そうだね。知らなくて当然。

 『{\neq}』は、『『{=}』でない』、という記号なんだ。

「じゃあ、{1 \neq 0}は、{1}{0}は、等しくない、ということ?」

 そう。

「だとしたら、{1 + 1}は、{0}でも、{1}でも、ないと書いただけ?」

 その通り。

「なーんだ。今まであるもののどれとも等しくないものになった、というだけか。」

 だから、がっかりすると言ったでしょ。

「イヤ、このマジック、結構面白いわよ。」

 そうかな。

「ネットで検索したら、

1たす1は2にならない

1たす1は2にならない

という本が、ヒットしたんだけど、同じようなことが書いてあるの?」

 いや、全然。この本、題名はすごいけど、

『1リットルのお米と、1リットルの水を、混ぜたら、2リットルになりますか?』

というようなことが、書いてあるだけだよ。

「それも、面白い考えね。」

 じゃあ、全部持ってっていいぞ!結構毛だらけ猫灰だらけ、お前のケツはクソだらけってねぇ。タコはイボイボ、ニワトリゃハタチ、イモ虫ゃ十九で嫁に行くときた。黒い黒いは何見て分かる。色が黒くて貰い手なけりゃ、山のカラスは後家ばかり。ねぇ。色が黒くて食いつきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよときやがった。どう?まかった数字がこれだけ。どう?一声千円といきたいな。おい、ダメか?おら八百、六百、ようし、腹切ったつもりで五百円、と。持ってけ。

「ありがとう。」



『1から始める数学(その11)』より

<『{=}』という記号の定義への導入>

「太郎さん。前回の『{1+1=1}』の話、面白かったけど、前座が長すぎよ。」

 じゃあ、今日は、本論から行こうか。

「うん。」

{1+1=1}

を防ぐのが、目標だ。

 前回、『{1+1 \neq 1}』として、『{1+1=1}』ではないとしてしまえば、良いと言った。

「そうだったわね。でもあの時、『{0}』でもないと言わなきゃって言ってたわ。」

 麻友さん。思い出してよ。私達の算数(数学?)では、まだ、『{0}』は、使えないのだった。

 だから、正式には、『{1}』だけしか、出てきてない。

「そんなこと言ったら、『{=}』だって、定義してないわ。」

 いいこと言ったね。

{=}

の定義をきちんとしよう。



 定義 4

 新しく、『{=}』という記号を導入する。

 これを、普通、『イコール』とか、『~は、…』と読む。

 使い方は、後で別に定める。

 定義 4 終わり



「ちょっと!使い方は、後で定めるとかすると、またつけ込まれるわよ。」

 そうだね。

 じゃあ、その部分を補強しよう。



 定義 5

 記号、

{1}

は、自然数であると定める。

 定義 5 終わり




 定義 6

 記号、

{1+1}

は、自然数であると定める。

 定義 6 終わり



 <模様として同じなら、記号『{=}』で結ぶことを許す。>



 定義 7

 自然数が2つある時、その2つが、模様として同じなら、記号『{=}』で結ぶことを許す。

 つまり、自然数{A}と、{B}が、記号の並びとして同じなら、

{A=B}

と書けると定義するのである。

 定義 7 終わり



 どう?この定義7って、強力な定義なんだよ。

「なんか、変じゃない?記号が同じならイコールで結ぶって。」

 どういう風に?

「例えば、『{1+1=2}』だけど、『{1+1}』と『{2}』は、記号として違うじゃない。」

 その曖昧なところをもろについてるのが、この定義なんじゃない。

 そもそも、『{1+1=1}』なんてことになったのは、違うものでも、『{=}』で結べるような、環境があったから。

 上の定義7では、絶対に、『{1+1=1}』などとならない。

「確かに、記号として違うから、『{1+1=1}』は、成り立たないわね。」



<省略記号という考え方>



「じゃあ、『{2}』は、どうするの?」

{2}

は、『{1+1}』の省略記号だと思うんだ。

 具体的には、



 定義 8

 新しく、『{2}』という記号を導入する。

 これを、普通、『に』と読む。

 使い方は、後で別に定める。

 定義 8 終わり



 定義 9

 記号『{2}』を、『{1+1}』の省略記号であると定める。

 これにより、『{2}』と書いてあったら、本来そこには、『{1+1}』と書いてあるのだと、思うわけである。

 定義 9 終わり



「やっと、太郎さんのやろうとしていることが、分かってきたわ。」

 どれくらい?

「こういうことでしょ。自然数というものを、

{1+1+1+1+1+1+1}

などとして、表して、

{1+1+1+1+1+1+1=1+1+1+1+1+1+1}

というのを、模様として同じということだ、として定義しようというんでしょ。」

 良く分かったね。

「『最初に種明かしします』の精神は?」

 そのために、分からなくなり出したら、

『そこをつかれたら痛いなあ。』

という質問をするのが、麻友さんの役目なんだよ。


「長い時間がかかってるけど、まだ{2}ね。」

 麻友さんを、落ちこぼれにさせないよう、すごく丁寧にやってるからね。

「これで、

{1=1}

{1+1=1+1}

{1+1=2}

{2=1+1}

{2=2}

が、定義から導けるわ。」



 <{1+1=1}でない>



「ところで、{1+1=1}でない、というのは、証明できるの?」

 そう。疑問があったら聞いていい。

{=}

の定義は、なんだった?

「模様として等しい。」

 だから、{1+1}{1}は、模様として等しくないから、このイコールは、成立しない。

 これにより、次の定理が成立する。

「私が、書くわ。



 定理 10

{1+1 \neq 1}

 すなわち、

{2 \neq 1}

が、成り立つ。

 証明

{=}』の定義より。

 証明終わり



 ただし、



 定義 11

 新しく、『{\neq}』という記号を導入する。

 これを、普通、『等しくない』と読む。

 『{=}』が、成り立たない時、この記号に、置き換える。

 定義 11 終わり



どうかしら?」

 定義の番号と定理の番号を、通し番号にしたのか。

 普通の数学の本を読んでいる人、道に迷うな。

 まっ、困ったことが起きるまで、続けるか。

「定義の中で、使い方まで一緒に書いちゃった。」

 普通の数学の本では、使い方を説明することで、定義とすることが多い。

 麻友さん、センスあるよ。



『1から始める数学(その12)』より(この投稿は元の投稿の全文採用)

 現在2016年7月24日20時31分である。

 麻友さん。大丈夫?

「なんのこと?」

 最近、このブログが、麻友さんに難しくなってきてるかな、と思って。

「前からのことじゃない。」

 ただ、最近、大学に行ってない友達から、

『松田さんのブログは、難しくて読むと調子が悪くなるので申し訳ありませんが読んでいません。』

なんて言われて、数学的にも難しいし、日本語も難しいので、同じように大学に行っていない麻友さんから見て、読むのが辛いかなと思ったんだ。

「確かに、太郎さんが、私を好きになったばっかりの頃は、話が具体的で、意味も良く分かったわ。」

 あの頃の方が、麻友さんに遠慮していたからね。

「そう。最近、数学の勝負が、ストレート勝負になってるのよね。」

 それだけ、中身の濃い話をしてるんだけど。

「でも、まだ『{2}』よ。」


 では、{2}まできたら、後は、速いことを、示そう。



 定義 12

 {A}{B}が、すでに自然数だと分かっているとする。

 この時、{+}の記号を用いて、

{A+B}

と書かれる記号の列は、自然数である。

 定義 12 終わり



 これが、この前、麻友さんが、


自然数というものを、

{1+1+1+1+1+1+1}

などとして、表して、』


と言ったものに、相当する。

「だとすると、私達の自然数は、こういう風に、{1}を並べたものと、考えなきゃいけないの?」

 そんなことは、ない。

 数学というものは、自由なものなんだよ。

 こう考えなきゃいけない、なんてことはない。

「じゃあ、どうしてさっきのような、定義をしたの?」

 どんなものでも、科学というものをやっていく場合、何かとっかかりを作らないといけない。

 {1}を並べるというのは、私なりの考え方、なんだ。

「太郎さんの、考え方なの?」

 もっというと、昔々、コーエンという数学者だと思ったら、エルデシュという数学者だったという、

『麻友さんの歳は、7億歳。』

という話の時の、ちょっと名前を頭の片隅に入れておいてね、と言った、竹内外史(たけうち がいし)さんの、次の本で説明してある方法だ。

復刊 証明論入門

復刊 証明論入門

「証明に、『証明論』なんていうものがあるの?」

 この本は、少なくとも今は、読んじゃ駄目だよ。

「どうして?」

 数学で、気にしなくていいことまで気になって、先に進めなくなるから。

「R-18指定ということね。」

 なんか最近は、ややこしくなって、R-18+指定というらしいよ。

「『CROW’S BLOOD』は、R-15+だったみたいね。」

 あんまり気持ちの悪いのに出ないでよ。見る私の身になって。

「私は、それを演じてるのよ。」

 例えば、一度も脱がなかった、吉永小百合のように、どこかにきちんと、線を引いてね。

「数学から、離れちゃった。なんの話だっけ。」

 {1}を並べる定義が、私流だったという話。

「私も、私流の定義をして良いの?」

 もちろん。その代わり、私のものとの対応関係を、きちんと考えてね。

「えーっ!」

 というか、麻友さんの心の中にある、

『麻友さんの数学の良心』

の認める、数学にしてね。

「私の良心?」

 これって、ウソっぽいな、ということは、例え教科書に書いてあっても、認めちゃ駄目だよ。

「そういう潔癖症って、社会では、嫌がられるのよね。」

 今消えちゃってるけど、以前、

『誰だって正義には勝てない』

という題の投稿で、そのことを書いたことがある。


 注.この投稿を書いた後になって2019年4月に、気付いたのだが、相対性理論のブログに、『誰だって正義には勝てない』という投稿は、ちゃんと残っていた。


 でも、麻友さん、安心していいよ。

 数学の世界で、どんなに、正義の味方になって、弱い敵のモンスター、バッサバッサ叩きのめしても、正しさを最後まで貫き通しても、誰も傷つかない。

「じゃあ、数学で、下品なことをするとしたら、どんなことをすればいいの?」

 定理を証明する時、わざと下品にやるとか・・・

「証明を、下品にやるですって!?」

 麻友さんは、これから、どんどん数学の証明をやっていくんだから、いくらでも、エレガントな証明を見ることになる。

 そして、エレガントでない証明、というのも、いくらでも目にする。

 エレガントでない証明の中には、下品なものも、含まれている。

「ふーん。ちょっと実演できない?」

 じゃあ、ちょっと軽く見てみようか。

「楽しみ。」


 今、私達は、いくつかの、自然数を持っている。

「そうね。」

 いくつだろう。

「えっ、ちょっと待って。{1}も、{1+1}も、それから、これらを足し合わせて、{1+1+1}も、自然数で、これらを足し合わせたものも、みな自然数だから、いーっぱい。」

 そんな、幼稚園生のような答えをしても、もう可愛くないぞ。

「じゃあ、無限個って言えばいいの?」

 無限個って、いくつよ?

「もう!意地悪!教えてよ。」

 つまり、有限個じゃないんだよね。1個とか2個とか、数えられない。

「そうよ。どうすれば、そのことを、伝えられるの?」

 もう伝わってるよ。

「えっ?」

 この1文、



「えっ、ちょっと待って。{1}も、{1+1}も、それから、これらを足し合わせて、{1+1+1}も、自然数で、これらを足し合わせたものも、みな自然数だから、いーっぱい。」



を読んだだけで、私達の持っている自然数の個数が有限個ではない、つまり無限個だと、分かる。つまり、ある意味、証明になっている。

「これが、証明?確かに、エレガントではない証明ね。」

 そう。かなり、麻友さんの好きな、下品な証明になっている。

「うっ、言ってくれたわね。じゃあ、私達の持っている自然数の個数が、無限個だということの、エレガントな証明を見せてよ。」

 分かった。

 これから、ひとつひとつの自然数に、それぞれひとつの自然数を対応させる。

 その対応のさせ方とは、

『1たす。』

というものだ。

「えっ、じゃあ、

{1}には、{1+1}を、

{1+1}には、{1+1+1}を、

対応させるというわけ?」

 その通り。さすが、優等生。飲み込みが速い。

「それで、どうするの?」

 この対応では、同じところへ、2カ所から、行くということは、ないよね。

「例えば、対応させた先が、

{1+1+1+1+1}

だった場合、『1たす』というのの結果が、これなんだから、ひとつ1を取って、

{1+1+1+1}

からだけ、ここへきたと分かる。つまり、2カ所からは、この数にはならない。合っていそうね。」

 ところで、1足した結果の方は、2より大きい全部の自然数を覆っているよね。

「えっと、1は2へ、2は3へ、3は4へ、・・・だから、2以上の数には、必ず行く。あっ、3や、4は、まだ定義してなかった。」

 いいんだよ。自分の頭の中で、考える分には。

「エッ、いいの?頭の中なら?」

 麻友さんだって、あるまじき妄想をすることだってあるだろ。どんな、残酷な妄想をしても、悪い妄想をしても、いやらしい妄想をしても、下品な妄想をしても、傲慢な妄想をしても、それが頭の中にある限り、誰にも、干渉されない。この世界では、そういうルールだろ。

「太郎さんも、いやらしい妄想することあるの?」

 なかったら、生きていけない。

「ホッ」

 とにかく、自分の思考のスピードを速めるためには、どんな考え方をしてもいい。

「それで、2より大きい全部の自然数を覆っているとどうなの?」

 図にすると、こういう状態だろ。



{1\ \ \ \ \ \ 2\ \ \ \ \ \ 3\ \ \ \ \ \ 4\ \ \ \ \ \ 5\ \ \ \ \ \ 6\ \ \ \ \ \ 7\ \ \ \ \ \ 8}

{\ \searrow\ \ \searrow\ \ \searrow\ \ \searrow\ \ \searrow\ \ \searrow\ \ \searrow}

{1\ \ \ \ \ \ 2\ \ \ \ \ \ 3\ \ \ \ \ \ 4\ \ \ \ \ \ 5\ \ \ \ \ \ 6\ \ \ \ \ \ 7\ \ \ \ \ \ 8}


「そうね。これから何が、分かるの?」

 自然数の全体の集まりが、その集まりの一部分の2以上の自然数全体とひとつずつ対応し合っている。

「それって、変な事?」

 有限個の数の集合、例えば、{\{1,2,3,4,5\}}と、それから1個除いた、{\{2,3,4,5\}}の間に、それぞれひとつずつの相手がいる対応なんて、つけられる?

「あっ、そうか。ひとつだけ除くって、そんなにすごいことだったんだ。でも、まだ、良く分からない。」

 当然だよ。

 今、言ったようなことは、私が、高校2年生の頃、次のような本で、3ヶ月くらいかけて、勉強したことだから。

ナウム・ヤコブレヴィチ・ヴィレンキン著『無限を求めて-直観と論理の相克-』(現代数学社

無限を求めて―直観と論理の相克

無限を求めて―直観と論理の相克

「太郎さんは、ゆっくり勉強したのね。」

 そうだよ。

 歴史上最高の数学者でさえ、3ヶ月かかったことだもの、麻友さんに1年かかっても、おかしくない。

「歴史的には?」

 実は、こういうことは、19世紀の終わりになって、ようやく分かってきたことだ。

 だから、有史以来、何千年もかからないと、分からないことなのだった。

「じゃあ、もしかして、私、ニュートンより、すごい数学知ってる?」

 もっちろん。

「嬉しい。でも、疲れた。」

 そうだね。じゃあ、最後に、エレガントな証明の締めくくりをしよう。

「もう、分かったわ。自然数全体の集合は、そこから1を除いた集合と同じ個数ある。こんなことは、有限個では、有り得ない。よって、自然数全体は、無限個の数からなる集合である。」

 『集合』という言葉を使い始めたけど、今のところ、問題ない。

「これと比べると、さっきの私の証明が、品がないと言われても、仕方ないわね。数学で、下品なことをする、というのが、少し分かったわ。」

 なんでも、実際にやってみると、分かるでしょう。

「今日は、疲れた。おやすみ。」

 おやすみ。

 現在2016年7月24日23時12分である。おしまい。




『1から始める数学(その13)』より

<足し算の定義>

 さて、子供の算数から、大人の数学への架け橋上にいる私達。次の定義により、足し算を定めよう。



 定義 13

 {A}{B}自然数であるとき、定義 12 により、

{A+B}

は、自然数である。

 この、{A}{B}に、{A+B}を対応させる操作を、

『エイ、たす、ビー』

という。

『エイ、と、ビー、の足し算』

とも言う。

 定義 13 終わり



「こんなの、何も、定義してないじゃない。」

 今の段階ではね。

 次の定理を証明しよう。

「証明?」



 定理 14

 任意の自然数{A}{B}について、

{A+B=B+A}

が、成立する。

 証明

 {A+B=B+A}ということは、等号の左辺と右辺の模様が同じということだった。

 この場合、並んでいる{1}の数が、等しいということだ。

 {A}に並んでいる{1}の数と{B}に並んでいる{1}の数は、順番を入れ換えても、変化しないはずである。

 だから、{A+B}{1}の数と{B+A}{1}の数は、等しいはずである。

 よって、{A+B=B+A}が、証明された。

 証明終わり



「これが、足し算の交換法則の証明?」

 そうだよ。

「私が、中学校の頃は、

『これは、交換してもいいですね。ひとつの法則です。』

と習ったけど。」

「定理として証明することじゃなくて、成り立つと認める、ものなんじゃないかしら。」



 <天下りという言葉に関して>

 ここから、<足し算の交換法則が、認めるべき法則なのか、定理なのか、ということ>という見出しのところまで、私の病気の原因や、大学の数学の授業のあり方や、自主ゼミというものについて、語っている。一応、数学に関係するので、削除しなかったが、急いで読んでいる場合は、飛ばしても、自然数から整数を作る話には、影響しない。


 それは、自分の数学が、どこまで進んでいるかによるんだよ。

 こういうところで、

『小学校や中学校では、足し算というものを、天下り的に教えるから、その交換法則も、天下り的になるんだ。』

という説明をすると、多分、文系の麻友さんは、私が、『あまくだり』という言葉を、間違った使い方をしたと、感じるだろうけど、理系の大学生の間では、

『あまくだり』イコール『理由をきちんと説明せず、いきなり定義すること』

という暗黙の合意があるから、間違いではないんだよ。

「ちょっと、天下り的な説明すると、許さないわよ!」

 おお。うまく使えてる。

「太郎さんは、『天下り』なんて言葉、いつ覚えたの?」

 高校1年のときの担任の数学の先生が、転校するとき、

『この本は、あげます。』

と言って、次の本をくれた。

梶原壤二(かじわら じょうじ)『独修微分積分学』(現代数学社

独修微分積分学

独修微分積分学

 この本が、私の大学生活に恐ろしい影響を与えることを、その時誰も知らなかった。

 とにかく、高校3年生になった時、私は数学の先生から、クラスで私だけ、テイラー展開の剰余項(厳密にはテイラーの定理の剰余項)を説明するプリントをもらったので、お返しにテイラー展開に関するレポートを書いた。

 その時、もちろん、私が微分積分を勉強した、

山口恭(やまぐち やすし)『微分積分入門』(コロナ社

微分・積分入門 (1964年)

微分・積分入門 (1964年)

も、参考にした。

 また、

渡部隆一(わたなべ りゅういち)『テイラー展開』(共立出版数学ワンポイント双書)

テイラー展開 (数学ワンポイント双書 9)

テイラー展開 (数学ワンポイント双書 9)

という本を買ってきて、読んだりもした。

 しかし、そもそも、レポートを書こうと思ったのは、上の梶原さんの本の171ページに、



この機会に,今迄証明無しに用いて来た{\rm{Taylor}}の定理を証明しよう.そのためには,大変天下り的であるが(数学は元来民主的でない),・・・



と書かれていて、いきなりある式を、定義していたのが、気にくわなくて、それが出てきた理由を、私なりに調べて、レポートにまとめようというのが、きっかけだったのだ。

「そのとき、大学生向けの本で、『天下り的』という言葉を知ったのね。」

 そう。辞書は調べなかったけど、前後関係で、意味は分かった。



 <私を統合失調症の発病に近付けた要因の一つ>



「その本が、大学生活に恐ろしい影響を与えたというのは、どんなことなの?」

 この本には、長いまえがきがあるんだ。

 普通に、『はしがき』が3ページあった後、『微積分の学び方とこの本の使い方』というのが4ページある。

「まえがきが、多いとどうなるの?」

 こんな一文がある。



 実数の連続性公理に基き,公理論的にアクセスをされるとチンプンカンプン,独仏語の会話より難しく,何のことか,さっぱり分からない.これが本書のように,後半の9章にでも出て来れば,未だしも,大学に入学して最初の微積分の講義で出会うと,まるで他の遊星にでも迷い込んだように,不安で堪らず,身も世もないことになる.



 これを、高校2年生の時に読んだ私は、

『けしからん。』

と思った。

「何に対して、『けしからん。』と、思ったの?」

 現代の数学のあり方に対して。

「そんな、オーバーな言い方をせず、大学の先生に、腹を立てたの?」

 いや、高校から入ってきた学生が、最初の授業でとまどうような教え方を良しとする、現代の数学のあり方が、許せなかったんだ。

「そんなことを言うなら、太郎さんには、もっと良いやり方の案があったの?」

 私は、高校2年生のとき、この前書いたように、集合論も知ってたし、大学1年生が躓く難所で有名な、イプシロン-デルタも、次の本で、学習していた。

田島一郎(たじま いちろう)『イプシロン-デルタ』(共立出版数学ワンポイント双書)

イプシロン-デルタ (数学ワンポイント双書 20)

イプシロン-デルタ (数学ワンポイント双書 20)

 だから、高校生が、スムーズに大学数学に慣れる方法を知ってたんだ。

「どうやったら良かったの?」

 もっと、具体的に、概念を把握していけば、いいんだ。

「でも、太郎さんのこのブログ、ちっとも具体的でないわよ。」

「さっきの足し算の交換法則も、{A+B=B+A}なんて、{A}{B}を使ってるから、分かり難いったらないわ。」

「実際に、{3+5=5+3}みたいに、書いてもらわないと、実感をつかめないわよ。」

 そう。まさに、麻友さんが、感じた、具体的でないという概念。つまり、抽象的だ、ということが、数学をやっていく上で、常に重くのしかかる。

 数学を理解するとは、いかに抽象的なものを、具体的にほぐしてやって、理解できるかなんだよ。

 『宇宙の年齢を求める(その6)』でも、同じような話をしたよね。ハガキに書かなくっても、分かっちゃうことが、すごく沢山あるって。

「で、『けしからん』と、思ったからどうしたの?」

 大学の最初の授業を楽しみにしていた。

「数学の授業?」

 そう。

 そして、先生は、本当にさっき言ったような授業をした。

「どうなったの?」

 各県の進学校で、数学が1番できたような、ものすごい集団だけど、クラスの8割方は、授業が理解できなかった。

「あの本の通りなのね。私、大学の理系の学科なんて、間違っても行っちゃ駄目ね。」

 いや、麻友さんは、私が鍛えているから、京都大学の理学部でも、東京大学理科一類でも、ついて行かれるよ。

「私、そんな、絶壁を登らされたのね。」

 私は、まさか、麻友さんが、そんなに数学を知らないって、知らなかったからね。


「それで、太郎さんは、どうしたの?」

 クラスの人たちと、自主ゼミをやろうって言ったんだ。

「じしゅぜみって?」

 先生についてもらわずに、学生だけの有志5,6名で、本を決めて、一緒に読むんだ。

「太郎さんは、いくつ自主ゼミをやってたの?」

・川口周君のゼミ

・グライダー部の親友たちとのゼミ

クローン病になってしまったX指定の親友たちとのゼミ

・抽象代数学のゼミ

トポロジーのゼミ

の5つ。

 本当は、X指定の親友とは、『数論』と『体とガロア理論』の2冊読んでたから、ゼミは合計6つ。

「じゃあ、毎日じゃない。」

 そう。だから、準備が大変で、授業を放っておいて、ゼミばっかりの生活になる。

「えっ、じゃあもしかして、授業に出なくなり、生活が不規則になって、昼夜逆転の生活になり、そこに失恋のショックが加わって、発病ということになったわけ?」

 まさに、その通り。

 あの本で読んだことに、

『けしからん』

と、腹を立て、先生を信用せずに、突っ走ったのが、病気の原因のひとつ。

「太郎さんが、自分の病気の原因が、『学問に対する潔癖さ』だと言ってたのが、やっと分かったわ。」

 これは、長い時間、説明しないと、理解してもらえない。多分、私の主治医も、理解してないと思う。

「そういう話は、しないの?お医者様と。」

 ここまで、つっこんだ話は、なかなかできない。

 カウンセラーじゃないんだから。

「あっ、そうか。一月に一回行ってるとは言っても、10分くらいなのか。」

 そう。10分で、この1ヶ月に何があったか話し、薬をどうするか決め、渡辺麻友さんとはその後どうですかと聞かれ、次回を何日にしましょうかと聞き、お母さまからみてどうですか、と聞くんだ。とても、こんな話は、できない。

「私のことって、なんて答えるの?」

 正直に書くよ。


 麻友さんとの関係は、悪くなっていません。

 いくつか、私への信号も感じてます。

 そのうち、コンサートで、陰からそっと見に行くつもりです。


 これが、前回、答えたコメント。

「先生は、なんておっしゃるの?」

『あまり無茶はしないでね。』と言う。

「それが、統合失調症の患者への答え方なのかしらね。」

 麻友さんに取って、私は、たくさんいるファンの一人ではなく、ただ1人のかけがえのない人のはずだよね。

 それを信じて、数学と取り組もう。




<足し算の交換法則が、認めるべき法則なのか、定理なのか、ということ>



「足し算の交換法則が、法則なのか、定理なのか、という話だったのよ。」

 私達は、これを、もっと根源的な理由(模様として等しい)を用いて証明したのだから、私達に取っては、定理だ。

「数学は、どこまでさかのぼれるの?」

 結局、いずれ麻友さんも、研究する、論理的推論を規定する14個の推論パターンと、数学で必要になる22個の公理にまで、さかのぼれる。

「じゃあ、その36個の約束事があれば、数学は全部できるの?」

 普通の数学は、全部できる。

「普通じゃない数学というのは?」

 否定の否定が肯定にならないような数学とか、初めから有限個のものしか扱わないとする数学など、いくつかある。

「そういう変な数学の研究は、いつするの?」

 今の普通の数学の中にも、美しい定理や理論はいっぱいある。また、物理学への応用も、見据えている。変な方へ行く前に、それらを楽しもうよ。

「私の数学として作って行くには、どんな工夫をしたら良いのかしら。」

 高校2年のときの私が、

『今の数学は、けしからん。』

と思ったように、麻友さんも、

『太郎さんの数学の進め方は、けしからん。』

と、批判的に見るのもひとつの方法だね。

『私だったら、こうするわ。』

というものを、見つけて行ったら良い。

「じゃあ、足し算の交換法則は、太郎さんの証明に頼らず、私の数学では、“正しいことを私が認めるから”、『足し算の交換法則は、正しい。』としても、いいのかしら。」

 もちろん、それでいい。

 自分を信じて。

「今日は、早い時間に始めたからまだ、20時ね。」

 でも、もう6時間も書いてる。

 そろそろ、止めよう。

「次回は、どんな話かしら?」

 2つの数のどっちが大きいか、という話をする必要があるね。

「不等号の話ね。」

 父との『たのしい算数』の話題が、紛れ込むよ。

「楽しみだわ。」

 じゃあね。

「バイバイ」




『1から始める数学(その14)』より(この投稿は元の投稿を全文採用)

 現在2016年8月28日11時43分である。

「今回は、『たのしい算数』の話も出て来るのよね。」

 のっけから行こうか。

「うん。」

 私が、父から、数(つまり正の整数)を、習った後、数日してからのことである。

 『たのしい算数』は、問題集としての役目が主だから、父が説明しなければならない。

 その日、父が、

『この問題やってみろ。』

と言った。


問題

次の数の大小を比べて、かっこに、{<}や、{>}を、入れなさい。

{(1).\ \ 3\ (\ \ \ )5\ \ ,\ \ (2).\ \ 7\ (\ \ \ )5}

{(3).\ \ 1\ (\ \ \ )2\ \ ,\ \ (4).\ \ 9\ (\ \ \ )5}

{(5).\ \ 3\ (\ \ \ )8\ \ ,\ \ (6).\ \ 13\ (\ \ \ )5}

{(7).\ \ 12\ (\ \ \ )18\ ,\ (8).\ \ 17\ (\ \ \ )25}

{(9).\ \ 33\ (\ \ \ )22\ ,\ (10).\ \ 48\ (\ \ \ )46}


 という様な、問題だった。

 もちろん麻友さんは、解けるよね。

「当たり前よ。」

 私は、こう書いたんだ。


私の解答

次の数の大小を比べて、かっこに、{<}や、{>}を、入れなさい。

{(1).\ \ 3\ (\ > \ )5\ \ ,\ \ (2).\ \ 7\ (\ < \ )5}

{(3).\ \ 1\ (\ > \ )2\ \ ,\ \ (4).\ \ 9\ (\ < \ )5}

{(5).\ \ 3\ (\ > \ )8\ \ ,\ \ (6).\ \ 13\ (\ < \ )5}

{(7).\ \ 12\ (\ > \ )18\ ,\ (8).\ \ 17\ (\ > \ )25}

{(9).\ \ 33\ (\ < \ )22\ ,\ (10).\ \ 48\ (\ < \ )46}




 これを見た、父が青ざめて、

『お前これ、0点だぞ。』

と言った。

『そんなはずないよ。』

と、私が言うと、父が、

{3}{5}で、どっちが大きいと思う?』

と、聞いてくる。

{5}だよ。』

と、私が答えると、ますます父は、頭を抱えた。

『お前、この不等号の記号、どう使ってるんだ?』

『こっちが、大きいよって、矢印向けてるの。』

 これで、やっと父も、なぜ私が、全部間違えたのか、分かった。

 私は、不等号『{>}』を、『{\Rightarrow}』の先だと思い、

『こっちが、大きい数だよ。』

と、大きい方にとがった先を向けていたのだ。

『この記号はなあ、大きく開いてる方と、すぼんでいる方があるだろ。大きく開いてる方が、大きい数の方にするんだ。』

『えっ、そうなの。』


「太郎さんでも、そんなことが、あったんだ。」

 あったどころじゃないよ。

 こういう風に、誰でも躓くところをみんな、父とのクイズで、失敗して学んであったから、学校で習った時は、すらーっと通れたんだ。

「確かに、聞けば聞くほど、太郎さんが、誰でも躓くところで、いつも躓いていて、それでいて躓くのが早いから、救われている、というのがあぶり出されてくるわねえ。」

 そしてね、父は、そんなに苦労してないんだよ。

「どうして?」

 だって、所詮、小学校の算数だもの。

「あっ、そうか。」

 だからね。私が言いたいのは、中学ぐらいになって、大人でも難しい問題になってからでなく、小学校入る前に、小学校の算数を、子供に教えれば良いと思うんだ。

 小学校低学年の算数なんて、中卒のお父さまお母さまだって、教えられるよ。

 そして、小学校入学時に落ちこぼれなければ、後は、親がそんなに援助しなくても、子供は伸びる。

「一理ある意見ね。」

 不等号ひとつとっても、こんなに真理が隠れている。


「ところで、私達の数学では、不等号は、どうするの?」

 当然、定義する必要がある。

「どうやって?」

 ある数が、別なある数より大きいというのは、どういうこと?

「別なある数の方を引き算できること。」

 確かに、それは、正解なんだけどね-。

 私達の自然数では、まだ引き算は、定義してなかったでしょ。

「じゃあ、引き算を定義したら?」

 大きい小さいを比べられないのに、どうやって引き算できるかどうか、分かるの?

「あっ、そうか。じゃあ、足し算を使って、定義すれば良いのか。」

 おっ、久しぶりに優等生の冴え!

「特待生じゃなかったの?」

 しばらく、ご無沙汰だったから、ランクダウン。(笑)

「さっきの、{3}{5}では、{3}に、{2}を足すと、{5}になるわね。でも、逆に、{5}に何を足しても、{3}には、ならないわね。」

 そうそう。

「だから、太郎さんのように{A}{B}を使うのは、嫌だけど、

{A+C=B}となる、自然数{C}が、ある時、{A < B}と書く、

と定義するのは、どうかしら?」

 それで、合格だよ。

 定義として書こう。




 定義 15

 {A}{B}を、自然数とする。

 このとき、{A+C=B}となる、自然数{C}が、ある時、

{A < B}(エイ、しょうなり、ビー、と読む。)

と書くことに、定める。

 また、{A=B+C}となる、自然数{C}が、ある時、

{A > B}(エイ、だいなり、ビー、と読む。)

と書くことに定める。

 定義 15 終わり



「定義として書いちゃうと、味気ないわね。」

 そうでもない。慣れてくると、こういう定義を見ると、安心するようになる。

 ところで、この定義は、これだけでは不十分なことに気付いた?

「なんか、言葉が見つからないけど、不完全ね。」

 そう。その『不完全だ』というニュアンス大事にしてね。

「数学の文脈で、ニュアンス?」

 この場合だと、自然数{A}{B}について、

{A < B}{A > B}の両方が、成り立ったらどうするか、

ということに、答えていない。

「あっ、そうよ。そこが、引っ掛かってたのよ。どうするの?」

 こういうことが起こらず、ちゃんと定義が、意味を持つということを、

『この定義は、ウェルデファインド{(\mathrm{well-defined})}である。』

と言うんだ。

 きちんと、書くと、




 定義 16

 ある定義が、矛盾なくきちんと定義できていることを、

『ウェルデファインド{(\mathrm{well-defined})}である。』

と言う。

 定義 16 終わり




{\mathrm{well-defined}}の訳って、『良い定義』では、ないのね。」

 そう。

『うまく定義されている。』

なんて、訳す人もいる。

 私達は、{\mathrm{well-defined}}と、書くことにしよう。

「それは、そうと、{<}{>}が、{\mathrm{well-defined}}になっていないわよ。」

 どうやって、証明すれば良いと思う?

「今日は、とことん質問形式ね。」

 問題の内容による。

「ちょっと、証明を思い付かないわ?」

 ヒント。

{<}』と『{=}』と『{>}』のうち、2つが同時に成り立つことがあるだろうか?

「えっ、それは、常識的に言って、ないのでは?」

 こういう場合分けのときは、易しいところから、手を付けるんだよ。

「じゃあ、まず、自然数{A}{B}について、{A=B}のときを考える。」

「あっ、そうか。私達は、自然数は、{1}が、並んだものとしていたから、{A=B}ということは、その{1}の数が同じ。」

「つまり、{1+1+1+1+1=1+1+1+1+1}みたいな状態だから、これのどちらかの辺に、自然数{C}を足したら、{=}が成り立たなくなっちゃうのか。」

 そう。良く分かったね。

 特に、私達の定義では、自然数{1+1+1+1+1}みたいな格好をしているということは、良く思いだした。

 特待生に、ランクアップ。

「ウフフッ、褒められるって良いものよね。」

 じゃあ、その勢いで、定理、証明してよ。

「分かったわ。




 定理 17

 自然数{A}{B}について、

{A < B}{A=B}{A > B}の3つのうち、1つそして1つのみが、成り立つ。

 証明

1){A=B}が、成り立つ時、自然数{C}を持ってきて、{A+C}とすれば、{A+C=B}ではなくなるし、また、{B+C}とすれば、やはり{A=B+C}ではなくなるので、{A=B}のときは、{A < B}{A > B}は、成り立たない。

2){A=B}でない時。

私達の自然数は、{1}を並べたものに限られるので、左辺か右辺のどちらかが、{1}が多いのである。

2)-1)右辺の方が、多かったとしよう。この場合、足りない数だけの{1}を、用意し、{+}でつなぎ合わせて、自然数{C}を作ると、{A+C=B}となる。この時、{A < B}である。

 ところで、この場合、{A}より{B}の方が、{1}の数が多いので、{A=B+C}とは、ならない。

 従って、この時、{A > B}とは、ならない。

2)-2)左辺の方が、多かったとしよう。この場合、2)-1)の議論と同じようにして、{A > B}が、証明される。

 そして、この時、{A < B}とは、ならない。

3)以上により、すべての場合がつくされていて、どの2つも重ならないことが証明された。

 証明終わり




書いてみたわ。」

 うん。特待生だけあって、模範解答。

「私、今ほど、不等号に自信持ったことなかったわ。」

 そりゃー、完璧な証明をしたんだもの。

「算数って、馬鹿にできないわね。算数知らないと、数学できないんだもの。」

 じゃあ、今日は、ここまでにするか。

「今日は、数学の話だけね。」

 うん。ばいばい。

「バイバイ」

 現在2016年8月28日16時45分である。おしまい。




『1から始める数学(その15)』より(この投稿は元の投稿を全文採用)

 現在2016年9月7日23時07分である。

「前回は、数学の話だけで、終わったわね。」

 余計な文章があると、疲れるだけかな、と思ってね。

「確かに、余り長い投稿は、読むのが疲れるわね。」

 ドラマの話や歌の話がメインでなく、数学や物理学の話がメインの時は、それだけに集中しようと思う。

「分かったわ。」


「それで、今回の話は?」

 {0}(ゼロ)を、作る。

{0}を、作るって?{0}は、元々あるんじゃないの?」

 だって、我々は、{1}を定義して、{1}{+}で、{2}{3}を、作ったじゃない。

「分かった。{0}は、{1-1}と、定義するんでしょう。」

 かなり、良い線行ってる。

 それに近いことを、もっと厳密にやるんだ。

「これ以上に、厳密に?」

 どういうことをするかというとね、{0}だけじゃなく、負の数も含めて、整数全体を、定義しちゃおうと、思っているんだ。

 ところで、麻友さんは、座標って、知ってる?

「座標って、関数のグラフを書く時の、目盛りよね。」

 良かった。覚えてて。

{(4,8)}の点の{x}座標は{4}{y}座標は{8}、で良いのよね?」

 そう。その通り。

 今から、{xy}平面の座標が、自然数の点に注目する。

{(1,1)}とか、{(2,1)}とか、{(3,1)}とか、{(2,2)}などね。」

 良く分かっている。

 じゃあ、麻友さんを特待生と見込んで、高級な質問。


 問題

 次の写真にあるように、傾きが{1}の同じ直線上にある点どうしを結びます。このとき、同じ直線上にある点どうしには、どういう関係があるか、答えなさい。

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 ヒント

 例えば、{(2,1)}と、{(5,4)}は、同じ直線上にありますが、{(2,1)}と、{(5,4)}には、共通な何かがありますか?


{2-1}{1}だし、{5-4}{1}ね。前の数から後ろの数を引くと同じになるものが、同じ直線上に並んでるんじゃない?」

 そう。そのキレ。

 なぜそれを、思いつけたのか、自分でも分かってないけど、とにかく正解を思いついちゃう、特待生、麻友さんのキレがあってこそ、進軍できる。

「でも、どうして、傾き{1}の直線上の点どうしは、引いたものが、同じになるのかしら?」

 こういうことなんだよ。

 今、点{(a,b)}と、点{(c,d)}が、傾き{1}の同じ線の上にあるとしよう。

 傾きが、{1}ということは、{a < c}の場合、{a}から{c}まで{x}方向に増える量{c-a}で、{y}方向に増えた量{d-b}を割ったものが、{1}ということなんだ。

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 だから、

{\displaystyle \frac{d-b}{c-a}=1}

であり、よって分母をはらって、

{d-b=c-a}

となる。

 {c < a}の場合は、両方が順番逆になるだけで、

{b-d=a-c}

となる。

 どちらにしても、最後に、

{a-b=c-d}

と、移項するのは、簡単だね。

 これを、見れば、{x}座標から、{y}座標を、引いたものが、同じになることが、証明できてる。


「それで、こんなことを調べて、何をしたかったの?」

 麻友さんが、今まで想像したこともないことを、やって見せようと思ってるんだ。

「『最初に種明かしします』の精神に則って、きちんと説明すると?」

 同値類による類別という、大学レヴェルの数学の話題を話そうと思う。

「難しいの?」

 定義だけ聞くと、何言ってるか、さっぱり分からない。

 でも、具体例を、いくつも知ってからなら、ほとんど当たり前のことに思える。

 そして、非常に便利で強力な手段なんだ。

「必要なの?」

 大学になるまで数学で出てこないということは、これなしでもかなり数学ができるということだ。

「じゃあ、やめましょうよ。」

 さっきも言ったように、非常に便利で強力な手段なんだ。

 これを使うだけで、モヤモヤしていた霧が晴れる。

「私に、分からせてくれるなら、聞きましょう。」

 そうこなくっちゃ。


 やりたいことは、整数を作ることなんだ。

「普通なら、{1,2,3,\cdots}という自然数に、{0}を付け加えて、後は、{-1,-2,-3,\cdots}っていうように、自然数にマイナスをつけたものを、加えれば、整数よね。」

「どうして、これじゃ駄目なの?」

 麻友さん。私達にとって、例えば、『{3}』って、どういうものだった?

「えっ、『{3}』?・・・あっ、思い出した。『{1+1+1}』のことだったわね。」

「そうすると?」

 この書き方で、『{0}』を、書ける?

「だから、やっぱり、『{0=1-1}』と、したら?」

 そう。そのやり方を、貫くことも、できる。

 例えば、『{-3=1-4}』。つまり、『{-3=(1)-(1+1+1+1)}』とやれば良い。

 間違えたやり方ではないから、矛盾は出てこない。

「だったらいいじゃない。」

 でも、小さい数から大きい数を引くことを、定義する前から、それを使っている。

 自分が、正しいことを証明するのが、難しい。

 つまり、整数の定義が{\mathrm{well-defind}}であることを、証明しにくい。

「ああ、この前の、ウェルなんとかね。」

 ウェルデファインド。

「ここでも、それが出てくるの?」

 大学の数学では、めったやたらと現れる。

「それに、私を、慣らそうというわけね。」

 実は、そう。

「もう。いいわ。結論を言いなさいよ。どうやって、整数を作るの?」

 こうやるんだ。

 例えば、{(5,4)}と、{(2,1)}は、どちらも、{x}座標から、{y}座標を引いた数が、{1}だったね。

 だから、この直線上の点を、全部合わせて、この集合を、整数の世界での『{1}』だと定義するんだ。

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「ちょっちょっと、待ってよ。何が{1}ですって?」

 この斜めの線上の座標が自然数の点、全部の集合。

「じゃあ、{\{(2,1),(3,2),(4,3),(5,4),(6,5),\cdots \} }というような、無限個の要素からなる集合を、{1}だっていうの?」

 そう。

「それだったら、{(4,1)}なんかは、どうなるの?」

 {4-1=3}だから、{(4,1)}の乗っている直線上の点の集合は、整数の世界での{3}となる。

「それは、言ってることの意味は、分かるけどね。そんな集合を、{1}{3}にしちゃうのは、抵抗あるわね。」

 そこで、抵抗があるのはね、計算を実際にやってみないからなんだよ。

「どう、計算するのよ。集合なのよ。」

 集合だと思うから、気持ち悪いんだよ。

 1つやってみよう。

{(7,3)}の入っている集合は、さっきの約束で、整数の{4}のことだったね。{7-3=4}だから。

 それから、

{(9,2)}の入っている集合は、さっきの約束で、整数の{7}のことだったね。{9-2=7}だから。

「うん。うん。」

 ここで、2つを足してみよう。

「どうやって?」

 そのまま、足しちゃえば良いんだよ。

{(7,3)+(9,2)=(16,5)}

「えっ、こういうこと?」

 うん。どうよ。

「あっ、そうか。{16-5=11}だから、確かに、{4+7=11}の方と、一致してる。これって、まぐれ?」

「のわけないわよね。こうなるように、作ってあったのね。」

 図星。足し算の定義が、{\mathrm{well-defind}}になるように、うまーく仕組んであったんだよ。

「でも、太郎さんは、{0}を作るって、言ってたじゃない。」

 もう、分かるんじゃないかなあ。

「あっ、そうね。分かったわ。{ \{(1,1),(2,2),(3,3),(4,4),(5,5),(6,6),\cdots \} }という集合を、整数での{0}と、定義するのね。」

 さっすが、特待生。

「私は、ただの優等生じゃないの。特待生なの。だから、こんなことも、できるわ。」

「マイナスの整数は、例えば、{-3}は、{ \{(1,4),(2,5),(3,6),(4,7),\cdots \} }なんていう集合と、定義すれば良いんでしょ。」

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 お見事。

 これで、整数が、定義できた。

 数学の普通の本だと、ここで、自然数での足し算が、整数でも拡張された形で成り立つ、とか、マイナスの数が、ちゃんと{\mathrm{well-defind}}であること、とか、かけ算は、とか、色んな事を書き並べておきながら、問いとして、『これらを、証明しなさい。』となっていることが、多い。

 こういうことをされると、読んでいる方は、やる気がそがれるし、そんな問いを一回は解いても、役に立つかも知れないけど、同じような問題を、何問も解いても、身につくものはない。

 だから、麻友さんには、以下のことを注意するだけで、整数構成は、終わりとする。


 今、整数{48}を、考える。

 これは、定義により、

{ \{(49,1),(50,2),(51,3),\cdots \} }

という集合だ。

 そして、麻友さんが、見つけたように、

 整数{-48}は、

{ \{(1,49),(2,50),(3,51),\cdots \} }

である。

 つまり、マイナスをつけると言うことは、{x}座標と{y}座標を、交換するということだ。

 ここから、麻友さん。重要なことに気付かない?

「マイナスのマイナスは、プラスってこと?」

 そう。さすが、特待生。

「うーん。でも、マイナスかけるマイナスが、プラスになるっていうのは、微妙に違うような・・・」

 さすが、鋭い。

 これは、マイナスかけるマイナスが、プラスということの証明ではない。

 そもそも、私達は、自然数のかけ算も、定義してないものね。

「そうよね。私達、自然数の引き算も、かけ算も、もちろん割り算も、定義してないわ。」

 うん。ただ、そういうその他もろもろは、メインストリートを、オスカルの乗るような、馬車で、堂々と行く時には、路傍の花として、放っておいても困らないものなんだ。

 麻友さんには、自分の数学を作ってね、と言った。

 結局、細かいところをどこまで丁寧にやるかは、それぞれの人のキャパシティの問題なんだ。

「じゃあ、私が、もっと細かくやれるだけの容量があったら、丁寧にやれば良いし、容量がなかったら、大体こうだろう、で、すっ飛ばして良いということ?」

 数学って、実は、そういうものなんだ。

「他の分野ならともかく、数学まで・・・」

 これは、こういう風に前向きに捉えるといいんだ。

『私は、今、数学の、この部分が、知りたい。そのためには、他のことを、どこまで知っていれば良いか。その必要なものだけを、研究しよう。』

 数学、全部を知る、というのは、そう簡単にはいかない。

 だったら、一番、好きな数学、やりたい数学、を研究した方が、精神衛生上よろしい。

 麻友さんと私は、物理学に応用する、数学をやりたい。

 1から始める数学は、その基礎を据えた。

 そして、ついに、{0}を作るところまで、来た。

 これで、お役御免である。

「今、思い出したんだけど、大学で出てくる概念を、1つ話してくれるって言ってたじゃない。」

 ああ、同値類による類別ね。

 傾き{1}の直線上の点を、ひとつひとつ集合にしたでしょ。あのひとつひとつの集合に分けることを、同値類に分ける、って言うんだ。

「ただ、それだけ?」

 今回は、具体的な場合だったから、分かっただろうけど、もっと複雑な場面になると、当たり前ではなくなる。

 この1回の投稿の中にも、後に必要になる概念の、分かり易い具体例が、いっぱい含まれているんだ。

「私には、全然、分かり易くなかったけど。」

 それは、申し訳ない。

「次回は、どんな話?」

 ちょっと、考えさせて。

 なるべく、面白い話題を見つける。

「じゃあ、おやすみ。」

 おやすみ。






 以上で、『1から始める数学』~『1から始める数学(その15)』の要約を、終わる。

 分量は、元の15個の投稿の、半分以下になっているはずである。



 普通、数学では、空集合 {\emptyset} の存在を、公理として置く(空集合の存在公理)。

 次に、{0} とは空集合のことだと定義する。(ゼロの定義)

 すなわち、{0\stackrel{\mathrm{def}}{=}\emptyset} と、定義するのだ。

 それから、集合が、{A}{B} と、2つあるとき、その2つだけを、中身として含む集合を、{\{A,B\}} と表し、{A}{B} の非順序対という。

 そして、{A}{B} が、どちらも集合なら、{\{A,B\}} も集合であることを、公理として認める(非順序対の存在公理)のである。

 すると、既に公理により、集合であることが分かっている(あるいは、別の言い方をすれば、集合として存在することが分かっている)、空集合 {\emptyset} について、{\{\emptyset,\emptyset\}} も、集合として存在することが、導かれる。

 ここで、集合というものはすべて、その中身が等しければ、同じものと見なすという公理である外延性公理(がいえんせいこうり)を、導入する。そうすると、集合 {\{\emptyset\}} と、集合 {\{\emptyset,\emptyset\}} は、中身は同じであることになる。

 なぜなら、中身が、同じか、違うかだけに、こだわる集合論では、中身として、同じものが、2個あっても、3個あっても、1個あるのと同じこととしてしまうからである。この言い回しが、気に入らない人は、集合論では、同じものが1個入っている集合と、それと同じものが、2個以上入っている集合を、同じものと扱うという公理(等号公理)を、認めて議論しているのだと、認識して欲しい。もしこの公理を認められない人は、新しい等号(同じだということのマーク)の定義を考えて欲しい。私の、『模様として等しい』は、その試みの1つである。

 そこで、もし、等号公理を認めて良いのなら、{\{\emptyset\}=\{\emptyset,\emptyset\}} となる。(誠実に書くのならば、{\{\emptyset\}} は、{\{\emptyset,\emptyset\}} の省略記法なのである)

 {\{\emptyset\}} は、空集合ではない。だって、空集合には、中身がないが、{\{\emptyset\}} には、空集合という集合が、中身として、入っているからだ。言うなれば、空集合とは、{\emptyset=\{~~\}} というココロである。

 ここで、空集合は、中身が、0個である。しかも、{0\stackrel{\mathrm{def}}{=}\emptyset} と、定義した。つまり、中身が0個の空集合を、{0} だと定義したのである。だったら、今度は、中身が1個の集合を、{1} と定義したいというのが、人情だろう。

 当然、{1\stackrel{\mathrm{def}}{=}\{\emptyset\}} と、定義するのが、筋だろう。これが、{1} である。(1の定義)

 後は、{0=\emptyset} と、{1=\{\emptyset\}} とが、両方、集合なのだから、{\{0,1\}=\{\emptyset,\{\emptyset\}\}} も、集合であり、中身が2個だから、{2\stackrel{\mathrm{def}}{=}\{0,1\}=\{\emptyset,\{\emptyset\}\}} と定義するのが妥当だろう。(2の定義)

 3以上の数を作るためには、さらに合併集合の公理(がっぺいしゅうごうのこうり)というものを必要とする。

 これが、集合論における、通常の自然数の構成法である。

 これを、見て分かるように、この集合論による方法は、かなり高度である。

 しかし、いずれにせよ、現在の数学は、『0から始める数学』なのである。


 一方で、私の、この『1から始める数学』という試みは、お風呂に入っている3,4歳児には、非常に教えにくい、0(ゼロ)という数を出発点とせず、どんな子でも、

『1(いち)、2(に)、3(さん)、・・・』

と、数えられる、その1(いち)を出発点として、数学を展開できないか? という私(と麻友さん)の野望だったのである。


 『1』から始めて、『1』と『+』と『=』と『{\neq}』と『<』と『>』と『座標平面』を、用いて、少なくとも、『数学的帰納法』を、明示的に用いることなく、『0(ゼロ)』を、構成した。さらに、整数も副産物で、構成できた。

 この後は、『0(ゼロ)』を使えるのだから、自然数の10進表記が、可能になり、そうなれば、公理的集合論と同じことが、できるようになる。

 後は、このブログのリンク集にある、『NKとBGの要点』にある、『NK(一階の述語論理の自然な体系)』と『BG(ベルナイス・ゲーデル集合論)』の公理に従って、通常の数学はすべて、代数計算のように、コンピューターで、計算出来るかも知れない。


 ここまでのところでは、私(と麻友さん)の野望は、成功したと思っているが、どうだろうか?


 ブログの投稿では、あくまでも、麻友さんが読んでいて楽しめることを、最優先したので、数学以外の話も飛び交ったが、この要約では、かなりニュートラルな立場での数学の説明になったと思う。

 数字の『{1}』の意味を、宝塚の組の名前が表すものの個数についての問題に答えさせるところから、解き明かしたところに、最後までこの文章が、渡辺麻友さんのためのものだった、という名残が留められていると言えよう。

 ひとまず、今日は、ここまで。

 現在2019年4月27日22時51分である。おしまい。