女の人のところへ来たドラえもん

21歳の女の人と43歳の男の人が意気投合し、社会の矛盾に科学的に挑戦していく過程です。                    ブログの先頭に戻るには、表題のロゴをクリックして下さい。

真理のカメさん(その3)

 現在2019年10月27日21時22分である。

麻友「あっ、真理のカメさん、次が来た。でも、可算級善良超フィルターとかいわれても、さっぱり分からないのよね」

私「今日見せるのは、2000年の8月に開かれた、数理の翼夏期セミナーでの、『超実数』についての講義を紹介した、雑誌『大学への数学』の記事なんだ。

麻友「2000年って、太郎さん大学受けていたんだっけ?」

私「いやそう言うことと関係なく、湧源クラブの会合に参加したとき、河東先生が、超実数の講義してた、という情報を得て、『大学への数学』に記事が載るらしいというので、チェックしてたんだ」

麻友「河東先生って?」

私「数理の翼夏期セミナーの第1回の参加メンバーで、優秀なことで有名な、河東泰之さん。私もいっとき、大学院のこの先生の研究室受けようかと思ってた」

麻友「どうして、やめたの?」

私「湧源クラブの関係で、河東さんの講義を聞く機会があって、私の興味があることと、ちょっと違うな、と思ったからなんだ」

麻友「どうして、その記事を?」

私「やってることは、私の真理のカメさんと、同じ事なんだけど、河東さんの方が、説明上手いかな? と思ったからなんだ。8000字くらいあるから、麻友さんの負担を考えて、2回に分けた。無限小や無限大を、どう扱おうか? と疑問を呈したところで、おしまい。

麻友「分かるかしら?」

私「具体例を計算してみると、なんとなく分かると思う。それでは、始めるよ」



雑誌『大学への数学』(東京出版) 2001年3月号 pp.62-63 から転載

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数理の翼」夏季セミナー講義録 〜河東泰之先生~


     超実数の作り方


 「数理の翼」夏季セミナー((財)数理科学振興会主催)は,数理科学に強い意欲を持つ若者を対象に, 1980年から毎年夏休みに1週間ほどの日程で開催されているセミナーです。現在はセミナーの同窓会である「湧源クラブ」のメンバーが企画および運営を行っています.

 昨年8月には,京都府立ゼミナー ルハウスで第 21回セミナーが開催されました. 詳しい報告は 12 月号に掲載いたしましたが,今回はその中から「湧源クラブ」のメンバーである河東泰之先生(東京大学教授)の講義を紹介します. (文責:竹沢悠典[第21回「数理の翼セミナースタッフ])


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 「数理の翼」夏季セミナーというのは,僕が高校3年生の時に始まったもので今年で21 年目になります.年月を経るに従って段々とこのセミ ナーの分野も広がって来ました. もっと初期の頃は完全に数学に寄っていたように思うし,参加者の意識や講演の内容も数学に関するものが多かったような気がします.


素朴なところからのスタート

 数列を考えましょう.{\displaystyle a_n=\frac{1}{n}} という数列を考えます.{\displaystyle 1,\frac{1}{2},\frac{1}{3},\frac{1}{4},\cdots}{n} が段々大きくなると誰が考えても分かるように {\displaystyle\frac{1}{n}} はほとんど {0} になります.こういう種類のことを数列の極限として考えたいと思っています.このことを式で書くと

{\displaystyle \lim_{n \to \infty} a_n =0}

となります.


極限の意味

 そこで,上の式が一体何を意味しているのか考えてみます.これをこんなふうに書いたりもするわけですね.

{\displaystyle \frac{1}{n}\rightarrow  \frac{1}{\infty} =0}

  普通の数であれば分数は分母を払うことができますね.{\displaystyle \frac{1}{\infty} =0} のように,分母が無限大なら {\infty \times 0=1} となります.{\displaystyle \frac{2}{\infty}} だって大体 {0} に決まっているわけで,分母を払うと {\infty \times 0=2} にもなります.そうすると {\infty \times 0}{1} だったり,{2} だったり,それどころか別に {-\sqrt{\pi}} でも何でも結構ですね.これはおかしいです.ではどうするかというと,こんなふうに分母を払って無限大をかけてはいけないのだというのが正当的な考え方です.普通の数でないものを普通の数のように扱ってはいけないと考えます.さらにこれは数ではないのだから{\displaystyle \frac{1}{\infty}} と書くこと自体けしからんというのが一番きつい立場です.もっとゆるい立場の人は {\displaystyle \frac{1}{\infty} =0} はそれなりに自然に解釈できるから良いけれど分母を払ったりしてはいけないんだと考えます.「無限大は数ではないから数と同じように計算はできない.{\displaystyle \frac{1}{\infty}} などうまくいくときは許すけれどそうでない場合はアウト」というふうに考えるのが一番標準的です.しかしそれでは理論的な不満が残るわけで,そういうことをごまかさないで正面から答えるというのが超実数の理論です.


興味を持つ理由

 こういう種類の話は 20 世紀後半に入ってからおこなわれたものなので, ギリシャ時代から {\mathrm{Archimedes}}{\mathrm{Euclid}} がやっていたという数学の歴史から言うとわりと新しい出来事ですね.なぜそんなに長い間超実数について考えなかったかという一番の核心部分を説明したいと思います.

 超実数というのは無限大や無限小を含んだものです.現代数学では超実数はちゃんと確立した理論なのですが,あんまり常識というわけでもなく,普通にしていると大学の数学科でも習うことはありません.

 1960 年頃方針は出来て 1970 年代にアメリカで革命的な理論であると爆発的な人気が出てきました.不完全性定理で有名な {\mathrm{G\ddot{o} del}} も「これこそ未来の数学を革命的に変化させるものだ」と言って絶賛したので,非常に格好よく聞こえて派手に盛り上がりました.しかしすぐにそれほど大した事ではないと分かってしまい人気が廃れるのも早かったのです.日本ではどうだったかというと,そういう流れに乗り遅れてしまっていて最初から盛り上がることもなかったのです.だからあまり普通の数学者は知らないのですね.だけど一方でそれなりに便利なもので結構面白い話なので,たいしたことはなかったと言って丸ごと捨ててしまうのはもったいないと思います.


超実数の作り方

 例えば虚数を考えます. 高校に入るといきなり {2} 乗して {-1} になる数があることにしました。それと同じように,無限大や無限小も「作る」ことを考えます.理論的に首尾一貫していて我々の素朴な直感に一致するものが作れ,かつ実際に役に立てばみんな初めからあったような気がしますから,あと 100年もすればそんなものは初めからあったと思うようになるかもしれません.

 数の列を1つの実体(新たな数)だと思おうと考えます.たとえば {n} 番目が {n} という数列を考えそれを {x} とします.

{x=(1,2,3,4,\cdots )}

 これを {1} つの超実数だと考え,このひとかたまり {x} が無限大を表していると考えます. ここで {x}{1} を足す,つまり無限大に {1} を加えると,

{\infty+1=\infty}

両辺から {\infty} を引くと

{1=0}

となり矛盾してしまいます.

 そこで考えを変えて数列に {1} を足す時には全部の項に一斉に {1} を加えることにします.つまり

{x+1=(2,3,4,5,\cdots )}

 これが {x}{1} を足した超実数であると考えるわけです.{x} を無限大として {x+1}{x} よりもっと大きい無限大だと考えるのです.
 {1} を足すと元の無限大より大きい別の無限大になっているのに,それを区別しないで同じ記号 {\infty} で書いていたから困るわけです.つまり {\infty}{1} つではなく,無限にたくさんあるというのが基本的な考え方です.
 同じように, {x}{2} をかけるときはすべての項にそれぞれ {2} をかけることにします.また {2} つの超実数を足したりかけたりするときは,それぞれの項ごとに計算することにします。すると,次のようになります.

{x+1=(2,3,4,5,\cdots )}

{2x=(2,4,6,8,\cdots )}

{x^2=(1,4,9,16,\cdots )}

{\displaystyle \frac{1}{x}=\biggl( 1, \frac{1}{2},\frac{1}{3},\frac{1}{4},\cdots \biggr)}

{\displaystyle x \cdot \frac{1}{x}=(1,1,1,1,\cdots )}

{\displaystyle x^2 \cdot \frac{1}{x}=(1,2,3,4,\cdots )=x}

{ x \cdot 0=(0,0,0,0,\cdots )=0}

 これらはみな違う超実数だと考えます.


難点

 無限大や無限小を上のように数列を用いて正当化しようということは 19 世紀末から考えられていました.しかし重大な難点があって,これが乗り越えられなかったので長年失敗していたのです.

{y=(1,0,1,0,\cdots )}

 この解釈の仕方を考えてみましょう. まず {1-y} というものを作り {y}{(1-y)} をかけます.

{y \cdot (1-y)=(1,0,1,0,\cdots) \cdot (0,1,0,1,\cdots )}
{=(0,0,0,0,\cdots)}

 すべて {0} ですね。これは {0} と同じことです.普通の数であれば {2} つかけて {0} ならば,どちらかが {0} であるわけです.超実数も同じ性質を満たすと期待すると,どちらかが {0} でなければならないので {y=0}{1-y=0} ですね.だけど {y}{1-y} のどちらが {0} でしょうか? どちらも {0}{1} が同じように混ざっているので困ってしまいます. ここでみんな引っかかって行き詰まったわけです.


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私「今日は、ここまで。これでも、5082字になってる。

麻友「太郎さんの傾きが1の直線上の点を、全部1つの数と思うという考え方が、役だったわ」

私「それは、嬉しい」

麻友「じゃあ、今日は、おやすみ」

私「おやすみ」

 現在2019年10月27日21時55分である。おしまい。