女の人のところへ来たドラえもん

21歳の女の人と43歳の男の人が意気投合し、社会の矛盾に科学的に挑戦していく過程です。

数Ⅲ方式ガロアの理論と現代論理学(その18)

 現在2019年6月15日11時42分である。

「『現代論理学』は、1月7日以来ね」

 『結婚をシミュレート』を、20回やったのが、遅れた最大の原因。

「あれは、大変だったわね。あんな風に、まゆゆと結婚する過程を描いてくる、なんていう恐ろしいことをするファンは、太郎さんだけよ。『まゆゆ、俺と結婚しろ』くらいを言ってくるファンはいるけど」

 ああ、あの人ね。

若菜「あの人ね、って、分かるんですか? お父さん?」

 私は、せいぜい1日に1回、ツイートするのが、やっとだけど、その人は、1日に何十回も、『俺の子供を産め』って、ツイートしてくるんだ。

「あれ、ロボットなんじゃないかと、思ってるのよ」

 ああ、プログラムで、書いてるのか。

 私は、本当に、人間だからね。

「分かってるわよ。こんな、今までになかったものを生み出せるのは、太郎さんが人間だからよ」

 あっ、その発言は、危険だな。新しいものを生み出せない人は、人間じゃないことになる。

「ブー、それは、論理的に正しい推論ではないわ。私は、今までになかったものを生み出せない人は、人間ではない、とまでは、言ってない」

 あっ、少し、この本予習したな?

結弦「そういう、論理的に正しいということを、きちんと定めるんだね」

 よし、始めよう。



*******************************


 例1

記号 {p_1,p_2,p_3} がそれぞれ「彼は小説を好む」,「彼は詩を好む」,「彼は文学を解する」という言明を表わすものとする.このとき,記号の列

{( ( p_1 \wedge ( \neg p_2 )) \Rightarrow ( \neg p_3 ))}

は,「もし彼が小説を好み,詩を好まないとすれば,彼は文学を解さない」という言明を表わす.


 以上のように要素命題と結合子の記号が定まれば,次いで,論理式(formula)の概念───通常の文章の概念に対応するもの───が以下のように定義される.

 1) 要素命題記号 {p_1,p_2,p_3,\cdots } は論理式である.

 2) {A} が論理式であるなら,{(\neg A)} は論理式である.

 3) {A,B} が論理式であるなら,{(A \wedge B),(A \vee B),(A \Rightarrow B),(A \equiv B)} は、それぞれ論理式である.

 4) 以上の1),2),3)により論理式と判明するもののみが論理式である.

 この定義は,要素命題記号を結合子で様々に結びつけたものという命題一般の直観的な概念を,形式的に厳密に定義したものと言える.こうしたタイプの定義は帰納的定義(inductive definition)と呼ばれ,今後もしばしば用いられる.上の定義によれば,たとえば

{p_2 ,~~ (\neg p_1 \vee p_3),~~( (\neg (p_4 \Rightarrow p_2)) \wedge p_5)}

等は論理式である.しかし,条項4)によれば記号の列

{p_1 \neg ,~~\vee p_3, ~~\Rightarrow (p_2 \vee \neg p_3)}

等はいずれも論理式ではない.


*******************************


 取り敢えず、ここまでに、しよう。

結弦「『もし彼が小説を好み,詩を好まないとすれば,彼は文学を解さない』ということが、証明されたってこと?」

 いや、そうじゃない。

 ただ、こう記号を並べると、そういう意味になるよ、というだけ。

「正しいっていうのと、記号で書けるっていうのは、違うの?」

 違う。

 正しいというのは、ある意味、証明されたものだけが持つ、性質だ。

 ただ、私達は、まだ、『証明された』というのが、どういうことか、分かってない。

若菜「証明とはこういうことだ! という定義が、この後あるのですね?」

 その通りだ。

 それが、分かった瞬間は、胸が空く思いがする。

「ほんの一瞬? そのために、数学やってるの?」

 分かってないなあ、数学では、

『これは、あのときのアイディアだ』

と、思い返すことが、これから先、何度もある。

「つまり、積み上げ式ということ?」

 そんなことは、ない。

 例えば、整数論ほとんど知らなくても、数学出来るように。

若菜「そういえば、『1から始める数学(その13)』で、大学に入ったばかりの頃、X指定の親友と、『数論』のゼミやってたと、仰ってましたけど、数論と整数論は、違うのですか?」

 おっと、そこまで、手が回ってるか。

 実は、『数論』のゼミは、吉冨賢太郎(よしとみ けんたろう)さんという、私が1回生のとき、数学科の博士課程1年目にいた先輩に、面倒を見てもらっていたんだ。

 この本の著者のひとりで、次の動画を、作っている。

理工系新課程 微分積分―基礎から応用まで

理工系新課程 微分積分―基礎から応用まで

吉冨賢太郎さんの動画
線形代数 ポイント解説 固有ベクトル (1)

若菜「わーっ、教育熱心なのね」

 そう。大学院生だって、皆が皆、新入生の面倒なんか、見てくれない。吉冨さんは、特に熱心だったんだ。

 ただ、私は、その恩に報いるどころか、

『吉冨さんは、数論を専攻したから、そんなに数論に詳しいんですね』

などと、失礼なことを、言ってた。

 この言葉の裏には、実は、吉冨さんが、敢えて、河田敬義(かわだ ゆきよし)の『数論』を、テキストに選んだことに対する、不満があった。

結弦「どうして、その本じゃ駄目なの?」

 整数論を、やるなら、高木貞治の『初等整数論講義』の方が、遙かに易しいのだ。だが、河田敬義を、選ぶなんて。

OD>数論古典数論から類体論へ (岩波オンデマンドブックス)

OD>数論古典数論から類体論へ (岩波オンデマンドブックス)

「何か、思惑があったのでは?」

 うん。

 難しい本で、苦労するというのも、若い人には、大切な経験なのだ。

 私が、吉冨さんに対してできたことは、リーマン・ゼータ関数の1での値({\displaystyle \zeta(1)=1+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\frac{1}{4}+ \cdots } 当然発散するのだが)を、分母を素数の累乗の和で因数分解し({\displaystyle 1+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\frac{1}{4}+ \cdots =\biggl(1+\frac{1}{2}+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{2^3}+\cdots \biggr)}

{\displaystyle \times \biggl(1+\frac{1}{3}+\frac{1}{3^2}+\frac{1}{3^3}+\cdots \biggr)\biggl(1+\frac{1}{5}+\frac{1}{5^2}+\frac{1}{5^3}+\cdots \biggr) \biggl( \cdots} ということ)、もし素数が有限個しか無かったら、和が求まってしまう。でも、積分使っても良いけどとにかく発散するのだから、素数は有限個でない、つまり、無限個ある。という大学の図書館の本で見た証明を紹介したら、

『これは、知らなかった』

と、言ってたこと。

 もう一つは、麻友さん達を連れて行くと言ってる、『5次方程式が代数的に解けない』というルフィニの証明を、やって見せた。

『こんな初等的な証明があるとは、知らなかった』

と、言ってた。

「じゃあ、一応、『数論』のゼミ、やってるんじゃない」

 まー、そうなんだけど、河田敬義の『数論』って、肝心の『平方剰余の相互法則』の肩の指数に誤植があったりして、読みにくかったんだ。

 テキストを、信じてないから、頭にも入らない。

若菜「お父さんが、私達に、色々、数学や物理学の舞台裏を話してくれるのは、『難しいから、嫌い』と、サヨナラしちゃうのを、つなぎとめるためなんですね」

「いや、太郎さんは、単純に、数学が好きなだけよ」

若菜「バッサリ」


 ちょっと、さっきの例、吟味してみないか?

結弦「条件を、持ってこよう」

*******************************

 1) 要素命題記号 {p_1,p_2,p_3,\cdots } は論理式である.

 2) {A} が論理式であるなら,{(\neg A)} は論理式である.

 3) {A,B} が論理式であるなら,{(A \wedge B),(A \vee B),(A \Rightarrow B),(A \equiv B)} は、それぞれ論理式である.

 4) 以上の1),2),3)により論理式と判明するもののみが論理式である.



{p_2 ,~~ (\neg p_1 \vee p_3),~~( (\neg (p_4 \Rightarrow p_2)) \wedge p_5)}

等は論理式である.しかし,条項4)によれば記号の列

{p_1 \neg ,~~\vee p_3, ~~\Rightarrow (p_2 \vee \neg p_3)}

等はいずれも論理式ではない.


*******************************


結弦「{p_2} は、第一番の条件の通り論理式だな」

若菜「2)より、{\neg p_1} は、論理式。1)より、{p_3} は、論理式。だから、3)より、{( \neg p_1 ) \vee p_3 } は論理式ですね」

「私に、一番大変なのを、回すの? {(p_4 \Rightarrow p_2 )} は、論理式ね。だから、{ \neg (p_4 \Rightarrow p_2 )} も論理式。だから、{\wedge} で結んで、 { ( (\neg (p_4 \Rightarrow p_2 )) \wedge p_5)} が、論理式だと分かる」

「確かに、やってみると、分かるわね」

 反対に、論理式でないという証明は?

「今度は、私が、最初にやる。{p_1 \neg } は、そもそも論理式の定義で、『{\neg}』が現れるのは、2)だけなのよね。それで、{\neg} は、後ろに論理式がなければならない。だから、{\neg} の後ろに、論理式がない、{p_1 \neg } は、1)2)3)によって、論理式と判明するものではない。よって、論理式ではない」

 お見事。

若菜「残りの2つも、同じように、あるべきところに、論理式がないから、論理式になれないのですね」

 こういう風に、いくつかの条件を提示して、これを満たすものだけを、なになにと言う。という定義は、ロジックで、頻発する。『帰納的定義』という言葉と共に、頭に入れておいて欲しい。丸暗記はしなくていいけど。

 『帰納的』という言葉の意味は、ちょっと、辞書を引くか、ネットで、検索してごらん。『機能的』じゃないぞ。

 この節の最後10行は、簡単だから、やってしまおう。

「えっ、まだ?」

 すぐだよ。

「いーけど」



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 なお括弧「(」,「)」の用法であるが,括弧は本来は上の定義の2),3)に従って用いられるが,今後は適宜省略する.たとえば,論理式を囲む一番外側の括弧は多くの場合省略される.また,結合子の結合力を { \neg , \wedge , \vee , \Rightarrow , \equiv} の順に弱まるものと定めれば,それにより括弧を大幅に省くことができる.

 例2

論理式 {( (p_1 \Rightarrow p_3 ) \equiv ( (p_2 \wedge p_4 ) \vee (\neg ( p_3 \wedge (p_1 \Rightarrow p_2)))))} の括弧を次のように順次省くことができる.しかし,最後に残った括弧は省くことができない.

{ (p_1 \Rightarrow p_3 ) \equiv ( (p_2 \wedge p_4 ) \vee (\neg ( p_3 \wedge (p_1 \Rightarrow p_2))))}

{ p_1 \Rightarrow p_3  \equiv  (p_2 \wedge p_4 ) \vee (\neg ( p_3 \wedge (p_1 \Rightarrow p_2)))}

{p_1 \Rightarrow p_3  \equiv  p_2 \wedge p_4  \vee \neg ( p_3 \wedge (p_1 \Rightarrow p_2))}


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「こんなの、太郎さん、よく括弧ひとつひとつ、数えるわね」

 これ、記号論理学の本読むときの、楽しみなんだ。

若菜「えっ、閉じる括弧つけ忘れてないかって、チェックするのがですか?」

結弦「本当に、お父さんが、『数学』っていうゲーム作った人だっての、分かるよ」

「えっ、何それ、『数学』っていうゲームって、何の話?」

若菜「お父さんが、お母さんと結婚した後、電子書籍で発表する、『女の人のところへ来たドラえもん』という、『数学』の世界のガイドブックですよ。もう、まえがきは、お父さん書き始めてたみたいですね。そうですよね、お父さん」

 ガイドブックでなく、まともに、数学と戦う話だけどな。

「つまり、数学の攻略本? 当然、大学レヴェルよね。売れるの?」

結弦「売れるかどうかは、0円でもいいと、お父さんは、思ってるみたいだけど」

「訳分からない。1円にもならないなんて。あっ、でも、このブログも、ただで書いているんだった。高い本読んで、やっと知ったことを、惜しげもなく公開して。エンターテインメントって、儲かるから成立するものなのじゃないの?」

 麻友さん、AKB48選抜総選挙が、始まる前の、ただ、楽しいから、アイドルやってた頃を、思い出してごらんよ。

「でも、お金って」

 良く考えてごらんよ。地球上にいる人間の人口は、どう考えたって、100億人以下だ。つまり、有限だ。

 ひとりずつ、説得していって、

『お金というものが、有る限り、絶対不平等は起こるんです。全員が、同じ額持ってたら、お金の意味ないんですから。だから、不平等をなくすために、もう生きていくために、あるいは、誰かを生かすために、お金を稼ぐという概念を、なくしませんか? これからは、もっとのんびり生きていて、いいんです。この考えに賛同してもらえませんか?』

という考えが通用する、世の中にしようよ。

「でも、私、毎年、4,900万円も、稼いでたのよ」

 それが、辛かったのは、分かる。

 でも、お金を手放して、不幸になるならともかく、幸せになるんだよ。

「太郎さん。新興宗教と、間違われるわよ」

 私と麻友さんの関係が、このブログとツイッターだけの、微かなもので、私が、お金を集める目的で、こんなことを、やっていたのでは、ないことは、この3つのブログが、証明してくれる。

若菜「やっぱり、話す相手にも、論理が通じるように、訓練しておいてもらわないと、だめなんじゃ、ないでしょうか?」

結弦「お母さんひとり、説得できないのでは、誰も、信じないよ」

 あはは、昔、ちょっと話したことある、田中澄江という作家。敬虔なクリスチャンだったんだけど、ご主人は、キリスト教徒じゃなかった。

 一方、仲の良かった、曽野綾子という作家は、クリスチャンだったが、三浦朱門(みうら しゅもん)という作家と結婚して、結婚した後、ご主人もクリスチャンになった。

 それで、みんなから、

曽野綾子の言うことは、信じられるが、ご主人も入信させられない田中澄江の書くものは、信じられない。まず、ご主人を、クリスチャンにしろよ』

と言われた、という冗談話がある。

 麻友さんに、認めてもらって、なんぼ、だな。


 あっ、今、『土曜スタジオパーク』観たよ。

 あの、パラパラめくるのは、随分練習したみたいだね。

「そこから?」

というか、麻友さんのことは、ほとんど、知ってるんだよ。

 穴子さんも、小食なことも、焼き肉も、どんな生活送ってるか分からない、というのも。

 除菌ジェル持ってるってのも、虫が恐いというのも、全部知ってる。

「詰まらなかった?」

若菜「お母さん。家が散らかってて、椅子をテレヴィのそばへ、持って行かれないお父さん、1時間ずっと立ったままで、観てましたよ。幸せそうでした」

結弦「僕が、大人になっても、お父さんほど、ひとりの女の人に、溺れたりしないだろうな」

「まあ、なんてこと、言うの」

「今晩のは、また、録画ね」

 最後の方で、

『ミュージカル、やっぱり、楽しかった。またやりたい』

と言ってたの、ほっこりして良かった。

 また、どころか、何度でもやれ。

「うん(涙)」

 泣くなよ。それくらいで。

「だって、太郎さんが、ミュージカルやって良いって」

 その代わり、数学も、続けるぞ。

若菜「お母さんとお父さん、一緒になったら、どういう生活、送るんでしょうね」

結弦「離婚と再婚、繰り返すとか?」

若菜「取り敢えず、この良い場面で、ブログ、投稿しちゃいましょ」

結弦「『今日』と『今』を、変換するんだ」

若菜「ああ、こうね」

結弦「これで、今日は、おしまい」

 現在2019年6月15日20時38分である。おしまい。

有理数体(その2)

 現在2019年6月13日4時26分である。

「連投ね」

 昨晩、薬飲んで、眠くなっちゃったから、最後の方駆け足になっちゃったんだ。

「ビリヤードとポール・ニューマンのこと、書きすぎよ」

 書きたいときに、書かないと、後に残らない。


「それで、どこから、復習?」

 復習は、いらない。

 ただ、私が、小学校4年生の頃、公文の教室で、習ったことを、話そう。

 公文は、計算練習もあるが、文章題も一応ある。

 次のような、問題があった。


 問題

 130円の缶コーヒーワンダエクストラショットを、3本、買いました。いくらでしょう。


 これの解答欄に、私は、

 3✕130=390 答え390円


と書いた。

 そうしたら、公文の先生に、バツにされた。


 初め、私は、なぜバツにされたか、分からなかった。

 どう考えても、掛け算は、間違えてない。

 それで、試しに、


 130✕3=390 答え390円

と書いてみた。

 そうしたら、丸がもらえた。


「えっ、それって、おかしくない? 最初の計算だって、間違いじゃないはずよ」

 私は、確かめるために、算数の教科書を、丁寧に読んだ。

 そうすると、前回、特待生の麻友さんが、答えたように、

(掛けられる数)✕(掛ける数)

であり、

{4 \times 3} は、{4} が、{3}

{3 \times 4} は、{3} が、{4}

なのだ。

 そして、小学校の算数では、これが掛け算の定義なのだ。

 答えが合ってるから、逆にしてもいい、というのは、『数学』という見方によってはゲームであるものをやっていくうちに、とんでもない間違いだったことに、気付くことになる。

 行列という一種の数になると、交換法則は、もう成り立たない。

 『数Ⅲ方式ガロアの理論』で、出てくる群も、可換でないということになる。

 『定義は、どうだったかな?』

というのは、常に頭に置いておかなければならない。

 私は、『あの先生の掛け算の定義は、そういうものなのだな、と思ったので、以後はそれに従って、答案を書いたので、バツには、されなかった。

「太郎さん、徹底してるのね」

 公文の教室で、半年位して、同じ間違いをした子がいた。

『これ、バツにされたんだけど、どうしてかしら?』

と、他の子に聞いている。

『合ってるわよ』

『でも、何度先生に見せても、バツにされるのよ』

『あの人に、聞いてみたら』

『ねえ、ねえ。教えて』

『いや、合ってるはずよ』

 先生は、知らぬ顔。

『あの、お兄ちゃんは?』

 それで、私が、

『3✕4は、3が4個なんだ。4が3個じゃないんだ。それ順番直して、持って行ってごらん』

 その子はやっと、丸をもらった。

 それ以来、公文の教室で、私に聞いて分からない問題はない、という神話ができてしまった。


「でも、掛け算って、順番変えちゃダメなの?」

 変えて良いときと、駄目なときがある。

 例えば、『AKB48小学算数』の6番

 問題

 縦5m,横20mのステージの面積を求めてみて。

(一部改変)


という問題なら、

5✕20=100

でも、

20✕5=100

でも、あの先生は、バツにしないだろう。

 一方、球の体積のときのように、{\displaystyle \frac{4}{3} \pi r^3} というとき、この記号の順番は、まず整式では、定数が最初、次に、{\pi} など、そして、文字式、と、見栄え良く並べるのが、普通だ。

 でも、複雑な計算をするとき、あっちをこっちへやったり、こっちをあっちにやったり、なにやってもいい。最終的な式は、綺麗に書くけどね。

「安心したわ」

「それで、太郎さんの代入するというアイディアで、掛け算を乗り切ったのね」

 もう一度、持ってこよう。



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 定義 37  自然数の乗法 (定義35改)

{A=1+1+1+1,B=1+1+1} とするとき、{A \times B} を次のように定義する。

{A \times B =(1+1+1+1)+(1+1+1+1)+(1+1+1+1)}
{~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow}
{~~~~~~~B~~~=~~~~~~~~~1~~~~~~~~~~~~+~~~~~~~~~~~1~~~~~~~~~~~~~~+~~~~~~~~~~~1}

 つまり、{B} の3つの {1} を、{A}{1+1+1+1} で、置き換えたんだ。

 代入したと言ってもよい。

 定義 37 終わり


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有理数体』から抜粋。



「これでも確かに、{A}{B} 個。つまり、4が3個に、なってるわね」

{3 \times 4} だったら?」

{3 \times 4 =(1+1+1)+(1+1+1)+(1+1+1)+(1+1+1)=12}
{~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow}
{~~~~~~~4~~~=~~~~~~~1~~~~~~~~~+~~~~~~~~1~~~~~~~~~~+~~~~~~~~1~~~~~~~~~+~~~~~~~1}

だね。

「そうね。具体的に、書いてくれると、分かるわ」

 ただ、本当は、私達はまだ、{12} という書き方は、できないんだよ。

「あっ、位取り記数法を、まだ、使えないんだ。だって、掛け算をまだ定義してなかったのですものね。{12=10 \times 1 +2} なんて、雲の上の話」

 そう。

 そして、本当は、掛け算九九でも、もう位取り記数法を知らないと、{9 \times 9 = 81} が、表せない。

「数学って、少し先のことを知ってないと、理解できないものなのね」

 そう、逆説のようだけど、その通りだ。でも、数学の歴史上は、その先のことを知るということを、やってくれてたのが、天才たちだったんだ。

「本当に、先のことが分かるの?」

・三角形のヘロンの公式

・2次関数の微分

{\displaystyle \sum_{k=1}^nk^2} の公式

・磁気というものはないという事実

微分形式の向き付けと矛盾しない外微分の定義

と、独力で発見してきた私の場合、

『なんか、こんなものが、ありそう』

という予感がまずある。

 作曲家の池辺晋一郎が、

『作曲するときというのは、まず、何か音が聴こえてくるんです。そしてそれを、これは、どんな楽器だったら表せるだろう、と思っているうちに、曲ができてくるんです』

と、『N響アワー』か何かで、言ってて、同じだな、と思った。

 とにかく、なにかのきっかけで、

『こういうものが、できそう』

という神様からの啓示のようなものが、あるんだ。

「それは、いつも、正しいの?」

 そのものずばりが、正しいとは限らない。

 でも、そこから得たアイディアが、他のことで役立つこともある。

 私、思うんだよね。

 モーツァルトって、神様から、もうこれ以上受け取れないというほどの曲のメロディーを、受け取っちゃったんだろうなあって。

 書いても書いても、次のメロディーが、浮かんでくる。


 連続テレビ小説なつぞら』の中で、主人公の奥原なつが、

『自分が描きたいものに、自分の手が追いついて行かないんです』

というけど、あれもそうだね。


「じゃあ、太郎さんも、辛くなることがあるの?」

 実は、大学時代、学年で数学が2番目にできた人がいたという話を、したよね。結局サラリーマンに、なっちゃったあの人。

 あの人が、ノートとか書くとき、本当に、蟻みたいな、小さい字で書くんだ。

 どうしてだろう? ノートを節約してるのかな?

って思ってたら、ある日、その人と仲の良かった女の先生が来て、

『ああ、小さい字書いてるわね。頭の回転に、手が追いついて行かないのよね』

と、言ったんだ。

 私は、びっくりした。

 手で書けないほど、アイディアがどんどん浮かぶなんて。

「その人、学年で2番なの、当然ね」

 いや、でも、違ったんだ。

 その人の頭に浮かんでたのは、目の前にある先生に与えられた問題を解くためのもう知っている数学的事実であり、新しいアイディアではなかったんだ。

「どうして、そんなことが、分かるの?」

 もし、本当に新しいアイディアが、どんどん浮かんでいたのなら、数学の道を逸れるなんてことは、できなかったはずだ。

「ああ、うーん」

「それで、太郎さんは、そんなに、手が追いつかなくて、小さい字で書くということは、ないの?」

 私、本当に、幸せな、人間なんだ。

 良く言っている、巫女さんが神がかりの状態になったみたいになって、バーッと、ノート30ページくらい計算する、というとき、私、新しいアイディアと、既に分かってるアイディアとの区別ができて、新しいアイディアだけ、ノートに書いて、もう分かっているところは、後でも書けるからと、空欄にしておいて、どんどん先に進むんだ。空欄がいっぱいあるから、30ページとかなるわけだけど、抜けてるところは、気が向いたとき書き込むこともあるけど、結局そのアイディアは、もう世の中に知られているということが、良くある。

 ノートがもったいない、と思うかも知れないけど、発明や発見って、一生に1回できたら、御の字じゃない。

 その発見のためだったら、一冊80円のノート、1年に30冊、2,400円使ったって、高くないよ。

「でも、発見なんて、もうないんでしょ」

 一昨日(2019年6月11日)トントンへ、行った。

 所長さんに、

「科学は、物理学は、という意味ですが、物理法則というものは、もう完全に分かっているんです。だから、新しい法則は、もうないんです。私って、数学が一番好きなんです。でも、物理学を目指してたのは、常温超伝導、つまり290ケルビンぐらいで、本当に電流がいつまでも流れる物質を作って、エネルギー問題をなくしたかったからだったんです。でも、それは、無理でした。物理法則のエレガントな公式を見つけるという研究の道もありますが、私は、病気で苦しんでいる人を、救うことの方に、進みたいですね」

と、話したんだ。

「でも、お医者さんになるわけでは、ないでしょ」

 もちろん。

「じゃあ、どんなことを、するの?」

 例えば、物理学で、匂いって、扱ってないはずなんだよね。

 ファインマン物理学にも、ランダウ=リフシッツの理論物理学教程にも、匂いについての記述はない。

 でも、人間って、不快なもののひとつに臭いがある。

 良い匂いと、悪い臭いって、漢字まで違うのに、物理学で扱えないなんて、おかしい。

 化学の文献、用意した理由は、それもあったんだ。

 同じ匂いでも、良い香りだと思う人と、悪臭だと思う人がいる。これでは、科学にならない。

 でも、ヒトゲノムまで、解析され、脳の中まで分かってきたのなら、

『この物質を、この脳の人が嗅いだら、良い匂いだと思うだろう』

という予測まで、できるようになるかも知れない。

 実は、人間は、なるべく自分と違う免疫の型を持った人と、結婚するように、進化の過程で、刷り込まれているらしい。その方が、子孫が生き延びられる可能性が高いから。そして、なんと、自分の免疫の型と違う人というのは、良い匂いがするらしいんだ。だから、好きになっちゃう。

 こんなことを、知ったら、整形にお金をかけたり、お洒落にお金をかけるのが、ばかばかしくなってしまう。

 勿論、好きになるのは、匂いだけが原因ではないけどね。

 でも、麻友さんと私は、体臭が分かるほど、近付いたことないね。

 ドッキドキお楽しみ会だね。

「ちょっと恐いわ」

 こんなに、恋い焦がれ合ったふたりが、互いの体臭が生理的に合わず、結婚できないなんてことになったら、大変だ。

「大丈夫よ。太郎さん」

 どうして?

「体臭が、耐えられなくても、同居できるのが愛の力よ」

 愛か。

 愛してます。なんて、気軽には、言えないけど、麻友さんには、いつでも、言える。

 さあ、もうすぐ木曜日の10時だ。ヤクルトさん来るぞ。

 有理数体、第2回は、私の今後の物理学を、描いたところで終わりだ。

「今日は、若菜と結弦、出てこなかったわね」

 すっかり、忘れてた。

「また、賑やかにやりましょうね」

 うん。じゃ、バイバイ。

「バイバイ」

 現在2019年6月13日9時48分である。おしまい。

有理数体

 現在2019年6月12日15時07分である。

「太郎さん。あの本は、本当に出版されるの?」

 大丈夫。昨日の23時に、社長から、

『無事に印刷所に入稿しました』

と、連絡があった。

「今の時代って、出版って、簡単なのね」

 麻友さんだって、本、出版したじゃないか。

まゆゆきりん「往復書簡」(双葉社


「でも、あれは、色んな人の手を借りてるのよ」

 まあ、私達だって、4人だけではない。

「でも、出版されることになって、良かったわ。ドラミちゃんに助けてもらったとは言え、私、いけにえになるところだったもの」

 あれは、申し訳なかった。


 それで、『有理数体』始めたのね。


 そうなんだけど、前回のまとめの記事で、1つ漏れている概念があった。

 同値類という言葉だ。

「あれは、良く分からなかったのよ」

 一応、ここで、再現してみよう。


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 定義 32 整数の加法

{(X,\cdots}


 上手く書けないわ」

 うん。麻友さんの語彙では、それは、無理だね。

 あの時、言葉だけ教えた、『同値類(どうちるい)』という概念を使わないと、書けない。

 まず、自然数の直積、{\mathbb{N \times N}} のうち、例えば、{(4,2)} という座標の点は、{ \{ (3,1),(4,2),(5,3),\cdots \} } という集合に属している。そして、同時に2つのこういう集合に属していると言うことはないね。

「傾き1の直線が交わることはないから、確かにそうね」

 そういうとき、{ \{ (3,1),(4,2),(5,3),\cdots \} } のような集合のひとつひとつを、同値類と言って、{(4,2)} は、{ \{ (3,1),(4,2),(5,3),\cdots \} } の同値類に属すという。

 そして、これが重要なんだけど、{(4,2)} の属す同値類のことを、大括弧でくくって、{[(4,2)]} と、表すんだ。

「代表だけで、全体を、表しちゃうの?」

 これはねぇ、最初は、すっごく気持ち悪いと思う。

 私も、大学に入学したばかりの頃、川口周君の『代数概論』のゼミに出ていて、どうしても分からず、困っていたとき、川口君が、

{\mathbb{Z}/n \mathbb{Z}} というのは、{ \{ \overline{0},\overline{1},\overline{2},\cdots,\overline{n-1} \} } みたいなものなんですよ』

と、書いてくれて、

『ああ、代表だけ取ってきたようなものですか』

と、分かったというわけなんだ。

「太郎さんでも、分からなかったのなら、安心ね」

 これは、実際に使ってみると、納得できるんだ。


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 以上『整数環(その5)』から引用。




「あっ、前、読んだときより、ちょっと分かった」

 そう。繰り返しやることで、難しいことも、分かってくる。

 代表だけで計算してても、矛盾が起きない。つまり、{\mathrm{well}}-{\mathrm{defined}}になってる、ということの意味が分かったとき、一気に霧が晴れる。

「同値類って、大学生の語彙よね。私が分かったら、表彰状ものよね」


 さて、有理数へ向けて、まず掛け算の定義を、見直そう。

「太郎さん。掛け算の定義を、『定義 35 乗法』でやったのを、見直すって?

 うん。一応、あのとき、どう定義したか、見直しておこう。


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 かけ算はね、足し算とは比べものにならないくらい、複雑になる。

 やってみよう。



 定義 35  乗法

 {A,B} を、自然数とする。

 {B=1} のとき、

 {A \times B=A \times 1=A}

と、定める。

 次に、自然数{C} を用いて、

{B=C+1} と、表されるとき、

 {A \times B =A \times (C+1) =A \times C+A}

と、定める。

 自然数は、{1} をいくつかつなぎ合わせたものであったから、{B} は、どちらかに分類される。

 そして、{1} の個数は有限個であるから、ある回数下の場合が起こった後は、{B} は、{1} になり、{A \times B}は、ある個数、{1} の並んだものとなる。

 これを、{A,B} の積という。

 そして、積を求める算法を、かけ算、または、乗法という。

 定義 35 終わり



「わっ、難しい。どうして、自然数は、{A=1+1+1+1} とか、{B=1+1+1} なんだから、

{A \times B}
{ = 1+1+1+1}
{+1+1+1+1}
{+1+1+1+1}

より、

{A \times B =\overbrace{1+ \cdots +1}^{12}}

と、しないの?」

 この場合の、{B} 個、つまり、{3} 個縦に並べる、という概念は、今までの {1} を1列に並べるという発想では、とらえきれないんだ。

 小学校では、四角く並べたものの個数と言って通じるけど、厳格に {+} という記号だけ使うとすると、そんなことは、できない。

「でも、その新しいものを、{\times} なんだとしたら?」

 {+} の記号を定義するときは、最初だったから、自由にできた。でも、2番目の {\times} を定義するときには、今までの {+} との関係を明らかにしなくてはならない。

 しかも、ふたつの自然数から、ひとつの自然数を決める。自然数は、{1}{+} でつないだものだけだと定義してある。

「ああ、そうか。それで、あんな段階的なものにしたのか」

 そう。

 例えば、麻友さんの例なら、

{ \begin{eqnarray} A \times B &=&(1+1+1+1)\times (1+1+1)\\
&=& \{(1+1+1+1) \times (1+1) \}+(1+1+1+1)\\
&=& \{(1+1+1+1) \times (1) \}+(1+1+1+1)+(1+1+1+1)\\
&=& (1+1+1+1)+(1+1+1+1)+(1+1+1+1)
\end{eqnarray}}

というように、ひとつずつほぐしていく。

「こうすることの、メリットは、何かあるの?」

 足し算だけを使って定義してあるから、かけ算の交換法則や、かけ算の結合法則を、足し算の定義だけから証明することができる。

「ああ、なるほど」

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 以上『整数環(その6)』から引用。


 こういうことだったんだよね。

「そうだったわね。私が、なんとかならないのって言った」

 それが、なんとかなったんだ。

「どうやって?」



と、書いてたところに、あの映像!

「あっ、太郎さん、観てる」

 そう、麻友さんには、窓に映る映像で、私の目に映っているものが、見えるんだよね。

「この前の、気付いたかしら?」

 大丈夫、今回は、壁紙を、ブログに載せたりしないから。

 この前、6月3日に載せたら、スタッフさんが、スタッフブログ、半年ぶりに慌てて更新して、

『転載禁止です』

っていう、メッセージ送ってきたものね。

「そりゃ、そうよ。ファンクラブ会員限定の壁紙なんだから」

 だからこの場合、言葉で、書かなければ、ならないんだね。

 まず2月1日に、麻友さんは、なんだか物騒なものを持っている壁紙を、発表した。

『これなんだろう?』

と思って、周りを見たら、ビリヤード場(プールバーともいう)だと分かった。

 それで、麻友さんに、以下のツイートをした。

「太郎さん。ポール・ニューマンがアカデミー主演男優賞獲った、『ハスラー2』を貶すなんて」

 いや、『ハスラー2』は、やっぱり駄作だよ。本当は、その1つ前にノミネートされた、『評決』で、取らせてあげたかった。

「『評決』って、いいの?」

 って、こういう風に、話が繋がるでしょ。

 実は、『評決』では、シャーロット・ランプリングが、ポール・ニューマンの恋人になってる。

 この映画の一番すごいところは、評決のシーンではない。

 普通、女の人を殴る場合、平手打ちにするものだよね。

 女の人の顔だし。

 ところが、この映画の中で、自分の敵側だったことを知って、ものすっごく怒ったポール・ニューマンが、バーの中で、近付いていって、もう知られたと分かっているシャーロット・ランプリングを、思いっきり拳骨で殴るんだ。

 初めて観たのは、高校生のときだったけど、男の人が、なぜそこまで、怒ったのか、分からなかった。

 母が、

『自分の本当に大切にしていたもの(この場合、弁護士という仕事)を、台無しにされたからだよ』

と、言った。

 それは、最後のシーン(鳴り続ける電話)にも、表れている。

 この映画に、納得するまでには、何年もかかった。

「太郎さんに、映画を語らせると、止まらないわね。でも、『ハスラー2』は、一応面白かったわよ」

 でも、

『ちょっと、後なにか』

というのが、なかった?

「まあ、本当の対決は、あの後ですものね。でも、余韻を残すってのも、良いんじゃない?」


 ただ、数学では、いつも、余韻を残してちゃ、いけない。

「でも、『渡辺麻友の笑(ショー)TIME!』、は、面白かったでしょ」


 読んでいる人のために、書いておくが、今日(2019年6月12日)、麻友さんが、ファンクラブのMOVIEに新しい動画を加え、それが、私のリクエストのビリヤード攻略だったのだ。

 もちろん、2月の麻友さんの壁紙を見て、同じ提案をしたファンは、他にもいたかも知れない。

 だが、もし、麻友さんが、私を拒みたかったら、火に油を注ぎそうな、動画をアップするのを、控えただろう。

 こんな気違い、つけあがらせたら、大変なことになると。

 でも、麻友さんは、私の提案を、受け入れてくれた。

 ふたりの心が、『シンクロときめき』しているのは、疑いようがない。

 しかも、周囲も巻き込んでいる。

 シモーヌ・ド・ボーヴォワールと、ジャン・ポール・サルトルみたいな、感じだ。



「動画、長かった?」

 長くはないけど、麻友さんの声しか、マイクが拾ってなかったのは、なぜ?

 別に、男の人のインストラクターでもないし、普通に流せなかったの?

「あれは、ちょっと、手違いがあったの、次回を観てもらえば、分かるわ」

 実は、私も、ビリヤードって、やったことあるんだ。

 ずっと、忘れてたけど、1度しかデートしてないと言ってたけど、分子生物学の女の人と、湧源クラブの広島支部のクリスマス会かなんかで、分子生物学の女の人も、混ざってて、ビリヤード、初めてやったんだ。分子生物学の女の人を京都大学入学前から知ってたのは、この集まりも、関係してる。試験の激励会で会うより前から、つまり、クロイツェルソナタの女の人を好きになる前から、知ってたんだ。

「太郎さんって、冴羽獠並の、女たらしね。本能の赴くままというか」

 あっ、思想と言って欲しいな、思想と!

というのが、『シティーハンター ドラマティックマスター』というのに、入ってるんだ。

シティーハンター dramatic master

シティーハンター dramatic master


「ビリヤードは、次回の方が面白いけど、太郎さんだったら、なぜ、ぶつかって、ぶつかった方と一緒に動いていかないか、説明してくれるかと思ったのに」

 うん。ぶつかった方は止まり、ぶつかられた方だけが、動いていくのは、なぜか?

 銀の、カッチ、カッチ、もそうだよね。

 今、麻友さんに説明しようと思って、理由が分かった。エネルギー保存則と運動量保存則の結果だ。

 厳密に言うと、これらはどちらも、エネルギー運動量テンソルというひとつのものが、時間が経っても全体として変化しないという物理学の中心となる仮説なんだ。

「仮説?」

 何重にも、実験によって確かめられている仮説だよ。

「あっ、じゃあ、昔、エネルギーって、なくなっていく、という話をしたとき、そんなことはない、といったのは、そのエネルギー運動量テンソルが、なくならない、ということなのね」

 あのときは、そこまで、考えてなかった、『細胞の分子生物学』での議論で出てきた、ギブスの自由エネルギーなら、減っていくよ、と、話すつもりだったんだ。

「物理学って、複雑ね」

 でも、こういう学術用語を、大量に浴びていると、分かったような気になる。

 それが、重要なんだよね。


「それで、掛け算の定義は、どうするの?」

 麻友さん、掛け算を小学校で習ったとき、

{4 \times 3}

と、

{3 \times 4}

とは、どう違うと習った?

{4 \times 3} は、{4} が掛けられる数で、{3} が掛ける数で、{4 \times 3} は、{4} が、{3}つ、と習ったわ」

 さすが、特待生。ちゃんと、覚えている。

{4 \times 3} の後ろの数字の分だけの個数、前の数を足すんだよね。

 結果は同じだけど、{3 \times 4} とは、意味が違う。


 そこで、新しい掛け算の定義を、次のように与えよう。


 定義 37  自然数の乗法 (定義35改)

{A=1+1+1+1,B=1+1+1} とするとき、{A \times B} を次のように定義する。

{A \times B =(1+1+1+1)+(1+1+1+1)+(1+1+1+1)}
{~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~\uparrow}
{~~~~~~~B~~~=~~~~~~~~~1~~~~~~~~~~~~+~~~~~~~~~~~1~~~~~~~~~~~~~~+~~~~~~~~~~~1}

 つまり、{B} の3つの {1} を、{A}{1+1+1+1} で、置き換えたんだ。

 代入したと言ってもよい。

 定義 37 終わり


 3個の4という意味では、筋が通っているでしょう。

「確かに、小学校のように、四角く数字を並べるのよりは、厳密だし、ウソを見抜きやすいわね」

「太郎さんの前回の定義より、遙かに分かり易いわ」

 良かった。


 今日は、これで、終わりにするけど、次回以降、有理数に、近付いていく。

「楽しみにしているわ」

 私も、6月15日の『土曜スタジオパーク』と『有田Pのおもてなす』も、楽しみにしているよ。

「じゃあ、お休み」

 お休み。

 現在2019年6月12日22時30分である。おしまい。