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女の人のところへ来たドラえもん

21歳の女の人と43歳の男の人が意気投合し、社会の矛盾に科学的に挑戦していく過程です。

太宰治も役に立つ

 現在2017年1月27日17時53分である。

「太郎さん。このブログが、こんな色になってしまったの」

 うん。分かってる。私がしたんだ。

「どうして?」

 今までのだと、白い地に灰色の字なので、たとえば、『{\in}』などが、非常に見にくかった。

「だから、背景を濃くして、字を白くしたの?」

 そう。

 本当は、あの女の子の絵を残したかったんだけど、無料で使っている身では、そういう細かい処理ができなかったんだ。

「えっ、太郎さん。このブログ、まったく無料でやってるの?」

 そうだよ。お金本当にないんだもの。『AKBINGO!』で、須藤凜々花(すとう りりか)さんが、

『キャベツの千切りと納豆だけで、ひとつき生活費1万円に抑えました』

って言ってたけど、それは、その月だけでしょう。1万円で、生活なんて無理。食費だけでも、2万円かけないと、栄養失調になる。

「太郎さんって、本当に、お坊ちゃま育ちだから・・・」

 私を、ここまで、贅沢にさせたのは、父や母や祖父母だからね。

 いまさら、貧乏根性たたき込もうったって、絶対無理よ。

 当時の額で、25万円くらいした平凡社の百科事典のみならず、銀行の営業をしていた叔父さんが、買わされてしまった英語版の百科事典まで、使わせ、幼稚園に入る前からレコードをかけることを許し、今では高すぎて、博物館にしかない、HOゲージ(エイチオーゲージ)の鉄道模型を触らせ、日本最初のパーソナルコンピュータNECのPC-8001を小学校3年生から使わせ、ヴァイオリンを習わせ、・・・

 ずっと、お前は、特別なんだと育てたのだもの。


「太郎さんは、お金がなくなったときのことは、考えないの?」

 あっ、まだ、話してなかった。

 私、つい最近、小説をひとつ読んだんだ。

「まあ、文学青年でもあるのね」

 いや、そういう高尚なのじゃないんだ。

 実は、大学に入ったばかりの頃、父母に、

『小説を読めば人の心が分かるから』

と言われて、そんなもんじゃないと思いながらも、夏目漱石の『明暗』を読んだんだ。

「本当に、素直よねぇ。親に言われたら、反対のことをするのが、若者なのに」

 あはは、私が、素直なのはね、素直にしたがって、ほらやっぱり駄目だったじゃないか、と言うためなんだよ。

「それで、『明暗』を、読んで、どうだったの?」

 人の心は分からなかったけど、明治の大文学というのは、受験勉強で読んでた、2ページくらいの文章と違って、頭の中を、ものすごく漢字で満たしたんだ。

「漢字で満たすってどういうこと?」

 なんていうんだろう。マンガやアニメやトレンディドラマなんかの単純さから一歩人生が進んだって言ったらいいのかなあ。

 頭で、考えるときの、語彙が増えたということだろうか。

 とにかく、

『あっ、面白い経験をしたな』

って、思って、

『また小説読んでみようかなっ?』

と思ったんだよね。

「『明暗』って、面白い小説?」

 これは、勧められる。

 実は、漱石の絶筆なので、未完なんだけど、だからかえって想像の翼が広げられて、面白い。

青空文庫で、読んでみようかしら」

 だったらね、2つのことに注意して読むと良いよ。

 まず、分からないことがあっても、注を見ないこと。

 これ絶対守らないと、本が台無しになるよ。

 それから、長い小説なので(500ページくらい)1日2ページとか決めて、パソコン開いたとき必ず読むとかしないと、最後までたどり着かない。

「もし途中で止まったら?」

 三日坊主になったら5日目から気を取り直して読む。

「何よそれ?」

丸山美穂子『TOEIC Test満点講師の100点アップレッスン』(祥伝社黄金文庫

TOEIC Test満点講師の100点アップレッスン (祥伝社黄金文庫)

TOEIC Test満点講師の100点アップレッスン (祥伝社黄金文庫)

に出ている、

『3日坊主になったら5日目から再開』

というのを、応用したんだ。

「本当に、色んな本読んでるわね。Kindleで、毎日2ページか。やってみようかしら。ところで、太郎さんは、最近何を読んだの?」

 大学入学後、1991年6月14日から6月20日『明暗』を読んだ後、6月21日太宰治の『人間失格』を読む。

「すっごいスピード読了じゃない」

 大学生なんて、自由だから、授業サボって、下宿で一気に読んだんだ。

「太郎さん、のろまだと思ってたら、亀でも、加速装置ついてるのね」

『カチッ』とか言って、(笑)


「それで、『人間失格』読んでどうなったの?」

 当時好きだったのは、麻友さんの17歳の頃の顔にそっくりだった、クロイツェル・ソナタの女の人でしょ。

「入学すぐだから、そうなるわね」

 だから、こういう手紙を送ったんだ。



 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。


 自分には、もともと所有慾というものは薄く、また、たまに幽かに惜しむ気持ちはあっても、その所有権を敢然と主張し、人と争うほどの気力が無いのでした。のちに、自分は、自分の内縁の妻が犯されるのを、黙って見ていた事さえあったほどなのです。


 堀木の声も顔色も変っています。堀木は、たったいまふらふら起きてしたへ行った、かと思うとまた引返して来たのです。

「なんだ。」

 異様に殺気立ち、ふたり、屋上から二階へ降り、二階から、さらに階下の自分の部屋へ降りる階段の中途で堀木は立ち止まり、

「見ろ!」

と小声で言って指差します。

 自分の部屋の上の小窓があいていて、そこから部屋の中が見えます。電気がついたままで、二匹の動物がいました。

 自分は、ぐらぐら目まいしながら、これもまた人間の姿だ、これもまた人間の姿だ、おどろく事は無い、など劇しい呼吸と共に胸の中で呟き、ヨシ子を助ける事も忘れ、階段に立ちつくしていました。


 神に問う。無抵抗は罪なりや?

 堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き、判断も抵抗も忘れて自動車に乗り、そうしてここに連れて来られて、狂人という事になりました。いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、癈人という刻印を額に打たれる事でしょう。

 人間、失格。

 もはや、自分は、完全に、人間で無くなりました。


と、『人間失格』を引用し、

 ここに書いてあるような、太宰のような人間は、やっぱり失格なのでしょうか?



と、ラブレターを書いたんだ。

「うぇー、向こうは、なんて言ってきた?」

『質問されたのですが、『太宰のような人間は、やっぱり失格なのでしょうか?』とは、何を聞かれているのか、本当に分かりません』

って、返事がきた。

「よく、返事がきたわね」

 返事がきたのには、理由があるんだ。

「どんな?」

 ラブレターの最後に、

『返事ちょうだいよ。文学少女じゃないの?』

と、書いたからなんだ。

 クロイツェル・ソナタの女の人は、南山大学文学部独文科にいたから、

文学少女じゃない』

なんて言われたら、カチンとくるわけだよね。

「えっ、文学少女? 文学? 太郎さん、文学の話したかったの?」

 そうだよ。

「じゃあ、全然、伝わってない」

 どういうこと?

「多分、あの手紙を読んだら、その人は、自分と太郎さんとの間の恋愛について、聞かれたと思ったはずよ」

 それで、いいんだけどね。

「でも、太郎さんは、太宰の文学とか、漱石の文学を、クロイツェル・ソナタの女の人と、語り合いたかったんでしょ」

 私、今、本当に幸せ。

 あの当時、できなかった、こういう文学の話を、麻友さん相手に、今、実現できてるんだもの。

「そうかー。太郎さんは、前も言ったけど、女の人と、触れ合いたいのよね。だから、自分達の恋愛を肴に一杯やるというようなことを、夢見てたのねー」

 まあ、そういうことだね。

「だったら、前にも一度話題にしたけど、キャバレー式クラブ、つまり、キャバクラへ行ったら良かったのに。話し相手になってくれたはずよ」

 麻友さん。それ、本気で言ってるの?

「う、うーん」

 でしょう。

「太郎さんは、キャバクラには、行かないわね」

 麻友さんも、分かってるじゃん。

 ボーヴォワールサルトルだって、どっちも首席だったんだよ。

 それに、お金で買った愛じゃない。

 麻友さんと私も、ボーヴォワールサルトルのような、何でも話せて、知的な二人になろうよ。

「第二のボーヴォワールサルトルになろうというの?」

 ボーヴォワールサルトルが、できなかったことが、一つあるんだ。

「子供を作れなかったこと?」

 おっ、いつもの特待生、冴えてる。

「どうして、ボーヴォワールは、子供を産めなかったの?」

 実は、身籠もったことは、あったんだ。

 だけど、サルトル以外の男の人とも交渉を持ってるから、誰の子か分からないし、ボーヴォワール自身が、子供を育てたいと思わなかったので、中絶したんだよね。

「太郎さん、どうして、Wikipediaにも書いてないような、そんな私的なことまで、知ってるの?」

 これは、前、話した、大学の女性学の英語の授業で、ボーヴォワールの話題になったとき、先生が、

『私も、ボーヴォワールが、中絶するって時は、『中絶反対!』って、運動したものでした』

って、話してくれたから、知ってることなんだ。

 でも、現代の科学を用いれば、子供を授かる、授からない、男にするか、女にするか、全部コントロールできる。

 いや、昔だって、賢い人達は、産む産まない、産み分け、などを調節してたんだろう。

 後、多くの人と交渉を持って恐いのは、エイズや梅毒などの性感染症

 ここまでくると、量子力学(りょうしりきがく)をそのまま、化学に応用した、量子化学(りょうしかがく)に基づく生化学(せいかがく)では、守備範囲外となる。

 いきなり難しい言葉が出てきたけど、これこそ麻友さんと私が、このブログで、解明しようとしていることだ。

「どこまで、本当にできてるの?」

 化学や分子生物学の本として、出版されるのは、それが発見されてから、5年以上経ってからだから、本当の最先端で、生命というものが、どこまでコントロールできているのか、私にも、分からない。

 ただ、少なくとも、ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)をブタの受精卵に注入し、人の細胞が交ざったブタの胎児を作ることに、成功しているそうだよ。

「いつのニュース?」

 今日(2017年1月27日)のニュースらしい。

www.tokyo-np.co.jp

「太郎さん、どうやって、こういうニュース見つけてくるのよ?」

 気にして見ていると、結構、引っ掛かるんだよ。

「じゃあ、私と太郎さんの子供を作るときも、あっ、ごめん、まだ、そういうこと考えられない」

 うん。いいんだよ。そういうふうに、女の人が、待ってって言ったとき、男の人が待てるようじゃなきゃ、いけない。

「おんなって、おとこのひとみたいに、頭だけで考えるのって、苦手なのよ」

 感情と思考が、クロスオーバーするんだろうね。


「でも、そもそもの話のもとの、あのラブレターは、どんな答えを期待してたの?」

 太宰が、失格だ。というのなら、それでもいいし、太宰は、失格じゃない。というのなら、それで良かったんだ。

 とにかく、名古屋と京都で、文通したかったんだよ。

「太郎さん。それは、明治の恋愛だわ」

 文通って、あの頃は、まだあったと思うけどな。

「たとえ、スマートフォンも、携帯も、インターネットもなくても、電話はあったでしょう」

 そりゃあ、もうプッシュホンの固定電話は、あったよ。

「だったら、電話すべきよ」

 女の子と電話で話すなんて、恥ずかしいなぁ。

「もーっ、ほんっとに、手がかかるのね」

 そうかー。向こうは、電話したり、会いに来てくれるのを、待ってたのか。

「当たり前でしょ。太郎さん、おかしいんじゃない?って、おかしいんだった」

 私が、おかしいって、気違いみたいなことを考えるって意味じゃなく、100年くらい前の人間の思考様式をしているってことなのかい?

「色々おかしいのよ。今それに気がついたけど、他にもまだ太郎さんが気付いてないことが、いっぱいあるのよ。さっきのお金がなくなったときのことは、どうするの?っていうのには、どう答えるの?」

 この、お金の問題なんだけどね、ものすごくドラスティックに、改革したらどうかと思うんだ。

「ゲームじゃないんだから、ドラマティックにやる必用は、ないわよ」

 {\mathrm{dramatic}}(劇的に)じゃなくて、{\mathrm{drastic}}(徹底的に)だよ。

 そこにかんでくるのが、太宰治

「どう関係があるの?」

 クロイツェル・ソナタの女の人から、意味が分かりません、なんて言われて、私は、大学の図書館行って、太宰治について、調べたんだ。

「何か分かった?」

 ある文献に、チラッと、

『太宰の『斜陽』という小説は、純粋無垢の処女と思って、駆け落ちまでして結婚した女性、小山初代(おやま はつよ)が、実は他人の手垢にまみれていたことを知った悲しみも手伝って、書かれたものだろう』

と、書いてあったのだ。

 これを、読んだときの私の落胆ぶりは、この1行のことを18歳のとき以来、忘れず覚えていて、26年後の44歳の6月30日に、

『人を軽蔑するなら、まずその小説を読め』

と思って、『斜陽』を読み始めたことに表れている。

「何を、落胆したの?」

 女の人を処女かどうかで判断するなんて、太宰って、下らない男だな。と、残念に思ったんだよ。

 そんな下らない男の書くものなんか、読んでやるか。と思って、太宰が大文豪なのは知ってたけど、『人間失格』『走れメロス』『犯人』の3作読んだきり、1行も読まなかった。

「私は、処女だけど、処女かどうかに、女の人の価値がかかっているとは、思えないわね」

 そうだろ。

 ただ、馬鹿なことを考えた人もいたんだ。

 もう死んじゃったけど、田中澄江(たなか すみえ)という女流作家がいた。

「明治の人?」

 違う違う。昭和の人。一流の作家と言っても良かったと思う。

「どうして?」

 外国の絵本を訳していたからなんだ。

「有名なの?」

 うん。これ。

アンデルセン『マッチうりの少女』

マッチうりの少女 (講談社の絵本 5)

マッチうりの少女 (講談社の絵本 5)

「どうして、これを訳していると、一流の作家と言えるの?」

 実は、NHKのドキュメンタリーで、司馬遼太郎(しば りょうたろう)を取り上げたとき、文系だった司馬が、たとえば『坂の上の雲』で戦艦『三笠(みかさ)』のことを書く場合、いきなり専門書は読めないので、子供向けの図鑑なんか、例を上げると、

軍艦メカニズム図鑑―日本の戦艦〈上〉 (軍艦メカニズム図鑑)

軍艦メカニズム図鑑―日本の戦艦〈上〉 (軍艦メカニズム図鑑)

軍艦メカニズム図鑑 日本の戦艦〈下〉

軍艦メカニズム図鑑 日本の戦艦〈下〉

などをまず読んで、見当を付けてから、難しい文献に向かっていたと、紹介されていたんだ。

 そして、

『子供の図鑑なんかは、一流の学者が書くから、結構信用できるんだ』

と、司馬遼太郎が言っていたと、ナレーションが流れた。

 私は、それを、応用しただけ。

「つまり、絵本を読むような、小さな子供のためのものは、ものすごく大切につくられているはずだから、田中澄江さんも、一流だと」

 そういうことだね。

 母が、だんだん記憶が不確かになってきちゃって、麻友さんに聞かせられるかどうか、分からないけど、母は、幼稚園に入るより前に買ってもらった、『シンデレラ』の絵本を、完全に暗記していた。

 これ、

シンデレラ姫 (1956年) (講談社の絵本〈509〉)

シンデレラ姫 (1956年) (講談社の絵本〈509〉)

「どうして、これだと分かるの?」

 母が、完全に暗記できた理由が、これが、西條八十(さいじょう やそ)という当代きっての大詩人の訳だったからなんだよ。

「でも、1956年じゃ、お母さま、小学校卒業しちゃうわよ」

 アマゾンって、古い本に関しては、あてにならないんだ。

「インターネット万能という神話は、新しいことだけね」

 多分今ならまだ、母の、シンデレラ節を聞けるんだけどなあ。

「どうして、お母さまの小さいときのことまで、みんなが知ってるの?」

 その本自体が、まだあるし、母が、幼稚園に入る前に、停電になったとき、真っ暗な中で、母が、

『ご本読みましょ』

と言って、本を開き、読めるはずないのに、

『小さな、小さな、シンデレラ』

と、読んでいったのを見て、私に取って祖父、母にとって父の、おじいちゃんが、

『お前は、暗くても本が読めるんだなあ』

と、感心した。というのは、25年くらい前に、母から聞いた。多分、何度か聞かされたのだろう。良く覚えている。

「小さいときのことって、本当に重要ね」

 いや、そんなこと言ってるけど、人間が、試験を受ける年齢。普通だと、大学院の博士課程を受ける24歳から25歳くらいまでは、人間の脳は、場所こそ違えども、成長している。

 これは、私の経験から言っても、ウソじゃないと保証できる。

「その後は、人間は、駄目になる一方?」

 そんなことはない。先日の湯川秀樹は、1907年生まれだ。物理学の研究をしていたが、ノーベル賞受賞の理由になった、中間子(ちゅうかんし)という粒子を予言したのは、1935年だ。

「じゃあ、28歳。もう下降気味のはずなのに。でも、論文を発表したのは、1935年でも、アイディアはもっと前からあったのかも」

 その仮説は、棄却される。なぜなら、1933年に、朝永振一郎が、湯川秀樹宛に送った書簡の中に、後に湯川ポテンシャルと呼ばれるようになる、 {e^{-\lambda r}/r} という式があるから、26歳よりも前に、中間子論は有り得ない。

「なにその、朝永から湯川への書簡って。太郎さん、どうして、そんなの知ってるの?」

 その理由も、麻友さんなんだ。

「私?」

 一昨年(2014年)、麻友さんのコンサートに行かれないように、入院させられそうだ。と思った私は、先生に面会に行くとき、入院した場合読もうと思って、『スピンはめぐる』という本を、持って行っていた。

 この本。

スピンはめぐる―成熟期の量子力学 新版

スピンはめぐる―成熟期の量子力学 新版

「この中に、書いてあったの?」

 そう。

「わー、すごい。入院中に読み終えたんだ」

 そんなに、易しい本じゃない。

「えっ、まだ読んでる?」

 そう。湯川ポテンシャルの話は、2017年1月10日14時42分頃、知ったと書いてある。

「わぁ、18日前。太郎さん、知ったことできたてほやほやのまま、私に、話してるのね」

 だから、麻友さんが、いなきゃ駄目なんじゃない。

「つまり、25歳過ぎて、少ししてから、才能の爆発はあるのね」

 麻友さん。神様からもらった才能。大事にね。


「それで、一流の作家の田中澄江が、何を考えたの?」

『かしこい女性になりなさい』という本の中で、

『自分は、童貞以外とは、結婚するまいと、思ってきた。なぜなら、女を知っている男なら、性病を持ってるかも知れない。私は、そんな男は、いやだ。ずっとリトマス試験紙を付けたときのように、一発で童貞かどうか分かるといいな、と思ってきた。私の夫は、つきあい始めた最初の手紙で、女の人と遊んだことはありません。と、証明してくれたので、安心だ。淑女なら処女でいて、童貞と結婚しろ』

と、書いてるんだ。

かしこい女性になりなさい

かしこい女性になりなさい

「太郎さんは、それ読んで、どう思ったの?」

 ああ、男の人が、

『処女がいい』

っていうのは、病気が恐いからか、と一時、誤解してた。

「誤解が解けた後は、どうなの?」

 麻友さんが、処女なのを、

『どっかで、捨ててきなさい』

なんて、失礼なことは、言わないけど、ほんっとに、麻友さんのこと好きだから、処女かどうかにかかわらず、麻友さんと結婚する。

「太郎さんは、処女かどうか、こだわらない。処女を重んじる太宰を軽蔑する。何が言いたいの?」

 ゲノム編集という技術(遺伝子を好きなように書き換えられる技術)を、人類はもう手にしているって話は、したよね。

「そうだったわね」

 だったらね、もう、誰が誰の子っていうのやめろっての。

「ゲッ、それはまた、極端な」

 だから、ドラスティックにやるって言ったじゃない。

「言ったけど、そんなことしたら、家族が、崩壊するわよ」

 だから、古い価値観で、どうしても、解決できなかったことを、ドラスティックに、徹底的に、解決しよう、と言ってるんだ。

「つまり、その考え方で行くと、もうお金というものの価値も、変わるということね」

 さっすが、特待生。

「じゃあ、お金稼ぐのは、意味のないこと?」

 そんなことはない。お金を稼ぐ力がある、ということは、その仕事のスキルを持っているということの証明だ。

 問題なのは、親がお金を持ってたから、こんなに幸せに育った私と、親がお金を持ってなかったから、学校にもろくに行かれなかった子供とが、できてしまうことだ。

 この場合、我が家よりも裕福で、幸せそうに育った家族や、貴族や華族のようなひとを、どうするかは、私も良く分からないので、取り敢えず置いておいて、まず、息も絶え絶えな人から、救わなくては、ならない。

「そこで、『私も良く分からないので』と、はっきり書くところが、太郎さん流の誠実な文章なのね」

 ドラスティックなんだから、いずれ手を付けるけどね。

 とは言うものの、もう、結構疲れた。

「太郎さん。自分で、いつも言ってるけど、私達は、もうしばらく、この状態よ。慌てることないわ。今晩完全に答えを出さなくても、いいの」

 そうだね。太宰のことから始まって、随分、文学も物理学も、冒険した。

太宰治も、太郎さんに、プレゼントくれたじゃない」

 プレゼント?

「自分が、明治の人間だって、気付かせてもらったじゃない」

 あれは、太宰の功績か?

「自分の業績も全部、相手のものにして、花を持たせてあげるんでしょ」

 そうだった。忘れてた。太宰も役に立つな。

「おやすみ」

 おやすみ。

 現在2017年1月28日5時42分である。おしまい。

整数環(その2)

 現在2017年1月13日18時37分である。

「前回、グーグルクロームが、フリーズしちゃったのは、なぜだったの?」

 麻友さんへの投稿を書くときって、たくさんのページを開いて、あっちからあれ、こっちからこれ、というように、色んなことを参照してるんだ。だから、本文が長くなってくると、私のパソコンのように、性能の低いパソコンだと、全部を同時に扱えなくなるんだ。

「それで、疲れ切って、倒れちゃうわけ?」

 簡単にいうとそうだね。

「そうやって、検索してて、『AKB48中学社会』を、見つけたの?」

 あんなものがあること、知らなかった。

「これでしょう」

「それから、こんなのもある」

「理科もあるのよ」

 2011年8月30日刊だから、写真集『まゆゆ』の、気分が悪くなる顔から好きになった原因の顔への過渡期だね。

「私の、『知らないうちに』は、売れてるのかしら?」

 横浜のダイエーの上にある、あおい書店というところへ行ったとき、なかったんだ。

 それで、慌てて、ダイヤモンド地下街の有隣堂へ行って、苦労して探して、見つからなくて、検索機で、検索したら、分かりにくいところにあった。ただ、4冊並んでたから、需要があるのかも。

「慰めてくれなくても、いいわ」

「それで、消えちゃった、この前のは、復元できるの?」

 やってみよう。


 前回の投稿で、中学の頃の話を書いた後、

『ここまで色々書いてきたけど、1ヶ月以内という約束だった『環』というものの定義を、書いておかなきゃね』

と言って、環の説明を始める。


 まじめにやるよ。



 定義 18

 ものの集まりである『集合』という言葉を定義する。

 集合は、今は説明できないが、22個ほどの公理(約束事)を満たすものとして、定義される。

 まだ、証明できないが、あるものの集まりが、集合であることが分かっているとき、そのものの集まりのうちの集まっているものの一部だけを集めた集まりは、やっぱり集合になるということが、後に証明される。

 だから、集合の一部分は、集合だと知っていると役に立つ。

 この集合の一部分は、元の集合の部分集合という。

 こういう、集合という言葉を使うことを、認める。

 定義 18 終わり



「わー、なんか急に難しくなったわね」

 うーん。現代の数学を教えようとすると、どこかで、集合という言葉を導入しなければ、ならないんだよね。

 私が、大学に入学したときの話をしたとき、書いたように、具体的にやっていくことが、ピンチから脱する秘策。

 私達は、すでに、集合の具体例を知っているよね。

「AKB48の集合写真とか?」

 それも、集合には違いない。

 でも、具体例というときには、目の前に触れる形で持ってきたい。

「どんなふうに?」

 私達は、すでに、いくつか数を知ってるよね。

「ああ、{1}とか、{1+1}なんか?」

 そう。

 それらから、次のように定める。



 定義 19

 自然数{1}を、袋に入れたものを想像して、それを、

{ \{ 1 \} }

と、表す。

 これが、集合だと認める。

 これを、{1}を要素とする集合と呼ぶ。

 定義 19 終わり



「『これが、集合だと認める』じゃなくて、『これは、集合となる』じゃないの?」

 いや、『集合となる』と言うと、集合であることを、証明しなければ、ならなくなる。

 でも、私達はまだ、

{ \{ 1 \} }

が、集合であると、証明できるほど、武器を持っていない。

 だから、『集合だと認める』として、責任回避をするんだ。

「ふーん」

 自然数{1}を要素とする集合ができたら、次はどんなことをするか、麻友さんなら、分かるだろう。

「多分、こういうことね。



 定義 20

 自然数{A}{B}があったとき、{A}{B}を袋に入れたところを想像し、それを、

{ \{ A,B \} }

と表す。

 これが、集合だと、認める。

 これを、{A}{B}を要素とする集合と呼ぶ。

 定義 20 終わり



としてみた」

 いいんじゃないかな。

 ここらで、集合の例を、列挙してみよう。



 例 21

 以下のものは、集合である。

{ \{ 1+1 \} }

{ \{ 1,1+1 \} }

{ \{ 1+1,1+1+1 \} }

{ \{ 1,1 \} }

{ \{ 1,1+1+1+1+1 \} }

 例 21 終わり



「ちょっと!要素が2個のものばっかり。

{ \{ 1,1+1,1+1+1+1+1 \} }

のようなのだって、集合でしょ。」

 言うと思った。

「分かってて、書かなかったの?」

 実は、麻友さんの言ってるものは、集合かどうか分からないんだ。

「分からないって、どういうことよ?」

 集合かどうか、判定できない。

「判定できないって、どういうことよ?」

 集合だとしても、矛盾は生じないし、集合でないとしても、矛盾は生じない。

「そんな、

{ \{ 1,1+1,1+1+1+1+1 \} }

は、どう見たって集合よ。これが、集合でないなんて、可哀想・・・」

 麻友さんも、段々分かってきたように、私達がこれまで定義したものだけでは、

{ \{ 1,1+1,1+1+1+1+1 \} }

を、集合として構成することができない。なぜなら、私達は、2つの自然数から集合をつくることしか、定義していないから。

 つくれないんだから、それが集合かどうか、判定のしようがない。

「そういうことかぁ」

 そう。分かった?

「以前に、不完全性定理の話をしてくれたときのことが、ほんのちょっと分かったわ」

 それでは、・・・

「ちょっと待って、今までの定義だけでは、

{ \{ 1+1 \} }

も、集合にならないんじゃ、ないかしら。

{ \{ 1 \} }

は、集合だと定めたからいいけど、要素1個の、

{ \{ 1+1 \} }

は、集合として、構成されないはずよ」


 さすがに、特待生は、良く見ているね。でも、これは、集合なんだ。

{A=1+1}

{B=1+1}

とすると、

{A=B}

だから、

{ \{ A,B \}= \{ 1+1,1+1 \} =\{ 1+1 \} }

となるんだ。

「えっ、それは、おかしい。袋に1個

{1+1}

が入っているのと、2個入っているのは、違うはずだもの」

 うん。それくらい引っかき回すと、ゼミナール的になる。

「分かってて、やってるの?」

 麻友さんが、やったんじゃないか。

「それで、

{ \{ 1+1 \} }

は?」

 集合の要素を見るときは、同じものは、1つだけカウントするんだ。

「じゃあ、同じ

{1+1}

が2個あっても、ひとつあるものと、区別しないわけ?」

 そう。

「混乱したのは、太郎さんが、きちんと説明しないからよ。っていうか、太郎さん自身、

{ \{ 1,1 \} }

というの書いてるし」

 いや、

{ \{ 1,1 \} }

と書いたって良いんだよ。これが、

{ \{ 1 \} }

と同じだと、分かっている人が見れば。

「結局、この混乱の原因は、集合という言葉の定義で、『今は説明できない』って言ってる約束事が、公開されてないからよ。なんとかならないの?」

 そうだなあ、麻友さんは、特待生だし、私は知っていながら小出しにするってのも、卑怯だしなあ。

 じゃあ、微分積分も、エニとイグジストも知らない麻友さんだけど、公理的集合論というものの入り口を、入らせてあげようか。

「難しいの?」

 前から言っているように、具体例を自分でつくりながら進めば、迷うことはない。

「じゃあ、始めて」

 集合論というのは、前にツイートしたような、22個の公理からなる。

「公理っていうのは、約束事ね?」

 そう。

 まず、公理第1番。



 公理 22(I.集合になるための十分条件

{\forall X \forall Y ( X \in Y \Longrightarrow m(X))}

何かの要素になれば、集合である。

 公理 22 終わり



 意味分かるかな?

「ちょっと、ひどすぎるわよ。これを、私に分かれって言うの?」

 そうだろうね。分からなくて当然。

 ちょっとずつ説明するよ。

 まず、

{m(X)}

と、書いてあるのは、

{X}が集合である』

ということが、正しいよ、という主張なんだ。

「ぜーんぜん、分かりましぇん。先生、なんとかして~」

 そんなふうに、小学校の頃、駄目な生徒みたいに、質問したかったでしょ。

「太郎さんは、どうだったの?」

 そういう質問の仕方があるって、知らなかった。

「で、教えてよ」

 うん。

 実際にやってみせる。

 たとえば、さっき私達は、

{ \{ 1,1+1 \} }

が、集合だと認めたよね。

「そうだったわね」

 だから、

{m( \{ 1,1+1 \} )}

なんだよ。

「えっ、ただそれだけのこと?」

 そう。

「集合だと主張するってそういうこと?」

 うん。

「なーんだ、馬鹿馬鹿しい。公理的集合論なんていっても、全然難しくないじゃない。

{m( \{ 1+1,1+1+1 \} )}

{m( \{ 1,1 \} )}

{m( \{ 1,1+1+1+1+1 \} )}

だというだけね」

 まあ、具体例をつくっちゃうと、大抵分かる。

「ところで、なんで、{m}なの?集合なら、{\mathrm{set}}でしょう」」

 これは、集合論の始祖が、カントールというロシア生まれだがドイツで活躍した人なので、ドイツ語で集合『{\mathrm{Menge}}』なんだ。フランス人なら、『{\mathrm{ensemble}}』が使われてたところだ。

「やっぱり、理由があるのか」

 そうなんだ。


 次に

{X \in Y}

というのは、{X}{Y}の要素だという記号。

「要素?」

 つまり、{1+1+1+1+1}は、{\{ 1,1+1+1+1+1 \} }の要素だから、

{1+1+1+1+1 \in \{ 1,1+1+1+1+1 \} }

と、なるわけ。

「ああ、袋の中身ってこと。じゃあ、

{1 \in \{ 1 \} }

ってこと?」

 飲み込みが、速いね。


 実は、麻友さんが今覚えた、

{m(\ )}

と、

{\in}

が、私達の公理的集合論で使われる記号の中の最も重要なものなんだ。

 特に、要素であるという記号の方は、いたるところに現れるよ。

「でも、これで、説明が、終わりではないわよね」

 うん。


 次に、矢印の説明をしなきゃならない。

 数学で出てくる矢印というのは、何種類もあって、ひとつには統一できない。

 私達は、

{A}が、成り立てば、{B}も、成り立つ』

ということを表すのに、

{A \Longrightarrow B}

という矢印を使うことにする。

 ここまで、説明すると、上の式がかなり分かる。

{\forall X \forall Y ( X \in Y \Longrightarrow m(X))}

の式で、分からないのは、もう、{\forall}だけで、

{ X \in Y \Longrightarrow m(X)}

は、

{X \in Y}

が、成り立てば、

{m(X)}

が、成り立つ。

と、読める。

「へー、この分からないの、そうやって読むんだ。暗号って、こうやって、解読するのねー」

 最後の説明するよ。

「はーい」

 この『{\forall}』という記号は、『エニ』と読んで、『任意の』という意味を表す。

「『エニ』ってことは、{\mathrm{Any}}ね。{\mathrm{A}}をひっくり返したのね」

 そう。そして、この場合、次のように、カッコの外側から読んでいく。

{\forall X \forall Y ( X \in Y \Longrightarrow m(X))}

は、

『エニ、エックス、エニ、ワイ、エックスがワイの要素なら、エックスは集合』

と読む。

 でも、これでは、麻友さんは、意味が分からないので、意味を込めると、

『任意の{X}について、任意の{Y}について、{X}が、{Y}の要素ならば、{X}は、集合である』

となる。

「わー、すごい。解読できた!」

 任意の{X}{Y}について、これが、成り立つのだから、{X \in Y}なら、{X}は、集合だ。

「だから、太郎さん。公理を書いたとき、『何かの要素になれば、集合である』って言ってたのね」

 そうだよ。

「えっと、でも、あれっ?」

 どうした?

「これ、おかしいわよ。たとえば、

{1 \in \{ 1 \} }

でしょ。そうすると、『{1}』が、集合になっちゃう」

 さすが、特待生。もう気付いたね。

「いや、これ深刻よ」

 私が、『1から始める数学』というものをやって、1からついに0をつくったよね。

「そうだったわね」

 実は、あれは、いずれここへ来ることを頭に置いてのものだったんだ。

「どういうこと?」

 麻友さんに、自然数や整数というものを、色んなとらえ方ができるということを、知ってもらいたかったんだ。

「どうして、そんな回り道を?」

 麻友さんは、すでに小学校中学校で、整数を習った。

 そして、私と一緒に、整数をつくった。

 そして今、公理的集合論を、用いて、新しく整数を構成する。

 今後、二人で冒険していく上で、この3種類の整数が、あるときは、一方が他方に、助けを求め、またあるときは、他の方のために、一方が助け船を出したり、というようなことを、繰り返しながら、成長していくことになるんだ。

「太郎さん、それが分かってたから、前回、ゼロをつくったところで、これで、おしまいって言って、打ち切ったの?」

 いや、麻友さんに、こんなに早く、公理的集合論の話をするつもりは、なかったんだ。

 グーグルクロームが、フリーズして、書き直しているうちに、麻友さんに、本気で、現代数学、話たろか。という気になったの。

「これが、現代数学なの?」

 上の『集合になるための十分条件』という公理は、現代数学で、本当に使われてる条件だよ。麻友さんのためにまったく易しくしてない。

「その『じゅうぶんじょうけん』というのは?」

 ちょっと、長くなりすぎたね。また、フリーズすると嫌だから、今日は、ここまでにしよう。

 整数をつくるのは、もうちょっと先にしよう。

「じゃあ、『環』は、当分おあずけね」

 そんなことない。いまやっちゃおう。

「えっ、できるの?」

 集合というものが、定義できたと仮定して、以下の定義を読んでみて。



 定義 23

 集合{R}が、空集合でないとする。

 このとき、{R}の2つの要素、{x,y}に対し、{R}の新しい要素を決める約束事が決まっていて、その新しい要素を、{x+y}と、表すことになっていたとしよう。

 次に、{R}の2つの要素、{x,y}に対し、{R}の新しい要素を決める先ほどとは違う約束事が決まっていて、その新しい要素を、今回は、{xy}と、表すことになっていたとしよう。

 さて、上のような約束事を演算(えんざん)といい、{+}の方の演算を、加法(かほう)といい、もう一方を、乗法(じょうほう)とよぶ。

 そして、演算が、次の3条件を満たすような集合{R}を、環(かん)であるという。環をつくる。環をなす。ともいう。

(1){R}は、加法に関し、可換群(かかんぐん)である。

    可換群とは、次のA,B,C,Dが成り立つもののことである。

    A.{(x+y)+z=x+(y+z) \ \ \ \ (\forall x,y,z \in R)}(加法の結合法則

    B.{Rの要素zで、任意のxに対し、x+z=x}
        {となるものが、存在する。}(零元の存在)

    C.{Rの任意の要素xに対し、上で存在するといわれているzについて、}
        {x+x'=zとなるようなx'が、存在する。}(加法の逆元の存在)

    D.{x+y=y+x \ \ \ \ (\forall x,y \in R)}(加法の交換法則)


(2)乗法に関する結合法則が、成り立つ。すなわち、

    {(xy)z=x(yz) \ \ \ \ (\forall x,y,z \in R)}

   が成り立つ。


(3)加法と乗法の間に分配法則が、成り立つ。すなわち、

    {x(y+z)=xy+xz \ ,\ (x+y)z=xz+yz \ \ \ \ (\forall x,y,z \in R)}

   が成り立つ。

 以上です。

 定義 23 終わり



 お疲れ様でした。

「わー、何、この中途半端に分からないの。結合法則とか、交換法則とか、零とか、分配法則とか、言葉はみんな知ってるのに、ものすごく難しい」

 誰だってそうだよ。

「誰でも、そうなの?」

 うん。歴史上最高の数学者で物理学者も、最初は、

『こんなもの考えたから、5次方程式が、解けないなんてことになったんだ!』

って勝手に思い込んだほど。

「あっ、そうだった。じゃあ、今は、分からなくて、良いのね?」

 うん。

『本当は、難しくないのに、説明が不親切だから、分からなかったんだ』

とはいうものの、やっぱり最初ぶつかったときは、難しく感じる。

 それを、ちゃんとフォローしていくからね。

「じゃあ、次回以降、この分からなかったのが、氷解していくのね?」

 あまり、急がないでね。

 さっきの大変だった公理にしても、1個であんなに苦労していて、それが、22個もあるんだからね。

「あっ、そうだった。公理的集合論を、教えるっていうのは、遠大な計画なのね」

 麻友さんに、少しでも、私のそばに、おいでよって、言ってるんだからね。

「分かった。今日は、おやすみ」

 おやすみ。

 現在2017年1月21日3時41分である。おしまい。

2017年1月13日朝はここまで

 現在2017年1月12日19時46分である。

相対性理論のブログでは、私がアイディアを出しやすいように、気負わなくて良いと書いてくれて、ありがとう」

 人間、ええカッコしようと思うと、失敗するのよ。

「太郎さんのその自然体って、どうやって生み出してるの?」

 私、自然体じゃないよ。だから、この間も、麻友さんが、


うう~ニック~~
conpetti.com


ってツイートしてきたのに対して、




渡辺麻友様。
うう~マユ~~



ってツイートした後、これは正解じゃなかったと思って、15分後に、




渡辺麻友様。ツイートされたリンクをたどりニック・ワイルドについて知りました。麻友さんとしては、むしろ、

うう~ジュディ~~

と言って欲しかったかも知れません。でも私達はメルヘンの世界の人間ではなく本当に生きている人間です。常に真剣でいましょう♡。




なんて、改良案を提示したりしてるんだ。

「常に真剣っていう言葉には、引いたけど、でも太郎さんのあたたかさってそういうので損なわれないのよね」

 それが、お互い人間と認め合ってるということだよ。

「太郎さんって、小学校の頃から、そんななの?」

 その質問は、微妙だな。

 小学校1年生の頃の私は、もっと普通の少年だった。

「どんなふうに?」

 渋谷区立渋谷小学校に入学した私は、クラスの皆が、体育館の屋根に向けて、ボールを投げて、落ちてくるのを拾っているのを、自分でもやってみたいと思った。

「健康的ね」

 それで、母に、ボールを買って欲しいと、お願いした。

「買ってくれた?」

 うん。まだ、小学校1年生だからね。

「それで、投げてみた?」

 うん。次の日学校に行くと、体育館の前で、みんなと同じように、投げた。

「うわぁー」

 でもね、とどかなかったんだ。屋根まで。

「そんな」

 でも、それで、諦める私ではないんだ。

「おっ」

 みんなは、普通のピッチャーが投げるみたいに、上から投げてたんだ。私も、そうだった。

「うん」

 でもね。やってみれば分かるけど、投げ上げるときには、下からすくい上げるように、グンと、アンダースローで投げた方が、高く上がるんだ。

「太郎さん。そのときもう、そのこと知ってたの?」

 そうだろう、と思ったの。

「それで?」

 下手投げで、投げてみた。

「うん、うん」

 屋根まで、とどいたんだよ。

「やったー」

 この話は、これで終わりじゃないんだ。

「えっ」

 上がったボールは、落ちてこなかったんだ。

「どうして?」

 私は、すぐ分かった。みんなは、屋根の奥の方まで投げられるから、コロコロ転がって落ちてくる。

 でも、私は、屋根の縁ぎりぎりまでしか投げられなかったから、雨どいに引っ掛かって、落ちてきてくれなかったんだ。

「小学校1年生で、すぐそこまで分かった?」

 麻友さんも、同じことをやってみれば、きっと分かるよ。こういうのって、そこに居合わせれば分かるっていうようなものだと思う。

「そういうものかしら。それで、ボールがなくなって、どうしたの?」

 母に、もう1個ボールを買って、とは言いにくくて、外では余り遊ばず、休み時間は、宿題をやってたりした。

「よく、そんな前のこと、覚えてるわね」

 理由が、あるんだ。

 ある日、教室で宿題をやっていたら、担任の先生が、

『それは、今日、家でやるように出した宿題でしょ。学校でやっちゃだめです』

って、怒ってきたんだ。

「信じられない~」

 でも、小学校1年生が、お天気の良い日に、外で遊ばない、というのは、さっきの麻友さんじゃないけど、健康的ではないのかも知れない。

「成績は?」

 悪いということはないけど、ものすごく良かったわけではない。

 覚えているのは、国語のテストで、30点を取ったときのこと。

 私は、30点だって、別に悪くないじゃん、と思って、母に見せた。

「怒られたの?」

というか、我が家では、こういうことが起こると、すぐ原因究明委員会が、開かれるの。

「お父さまも、参加するわけ?」

 そう。そして、父が、

『これは、太郎が、『この人が好きなのは、どういうことですか?』という問題に、『プールで泳ぐ』と、答えているからだ。『どういうことですか?』って聞かれてるんだから、『プールで泳ぐこと』と、答えなければならないんだ。もう間違えるなよ』

と言って、おしまい。

「恐い、おうちね」


 それから、25年後。私は、父と一緒の職場にいたことは、前にも話した。

 そこの社長が、

『この機械が動かない原因を探れ』

と言った。

 私は、25年前のことを思い出し、



・AがBであること。

・CがDであること。

・EがFであること。

 以上の3つのことが、原因であると思われます。



と、レポートを書いた。

 それを見た社長が、

『おまえ、『こと』なんて、書くなよ。こんなの社会オンチの見本みたいなものだ』

と言ったのだ。

 私は、それを聞きながら、この社長って、小学校1年生のときの私以下だな。いい大学行かれなかったの当然だな、と馬鹿にした。

「それって」

 人間が、誰かを、尊敬するか、軽蔑するかって、ほんの些細なことが原因であることが多い。

 そして、一度軽蔑した人間を、もう一度見直すということは、よっぽどのことがない限り、人間にはない。

「あー、それは、真実ね。けしてミーハーではない、太郎さんが、私のことを、認めたのも、ほんのわずかなきっかけからですものね」

 そのミーハーというので、思い出した。

 我が家は、父も母も、ミーハーなことを、嫌いがちな人だ。

 どっちが、ミーハーをより嫌うと思う?

「私も、最初、どっちなのかなあと、思ってたのよ。でも、太郎さんの筆致を見ていると、お母さまのほうが、筋金入りのミーハー嫌いね」

 さすが、麻友さん。

 ほら、麻友さんだってその場に居合わせると分かるでしょ。

 今はもうないけど、バラエティ番組に出ている麻友さんは勉強しただろう、『8時だョ!全員集合』という番組が、あった。

 いっとき視聴率が、50%を越え、二軒に一軒が見ていた。

ザ・ドリフターズでしょ。知ってる」

 でもね。私の家では、一回も見たことないの。

 友達が、うちに来たとき、

『からす、なぜ鳴くの、からすの勝手でしょ』

って、やったの。

「ああ、分かる、分かる」

 そうしたらね、友達が帰った後、母が、

『あれは、本当は、『からす、なぜ鳴くの、からすは、山に、かわいい、七つの子があるからよ』っていう歌なのよ。間違って覚えたら、日本人として、恥ずかしいわよ』

と言ったんだ。

「太郎さんて、そういうとき、どういうふうに取るの?」

 私ってね、母が、そういうこというの、嫌じゃないんだよね。

「お父さまは、どうなの?」

 父は、本当に、勉強が、好きなんだよ。

 そもそも、我が家に1983年頃という、非常に初期から、ビデオテープレコーダーなんてものがあったのは、映画を録画するためと、もうひとつは、父が日曜日に見るために、教育テレビ(いまのEテレ)で放送されていた、市民大学講座を録画するためだったのだ。

「太郎さんのお父さまって、慶応出てるのに、どうして、勉強する必要があるの?」

 そういう質問は、勉強が好きな人には、意味を持たないよ。

「太郎さん見てるから、ある程度分かるけど」

 そういう父なんだけどね。実は、結構ミーハーなんだ。

「そこを、聞きたかったのよ」

 実は、『8時だョ!全員集合』は、1回も見たことないんだけどね、父がテレヴィ付けたとき、たまたまやってたことがあるんだ。

「うん。うん」

 二人の人間が、長いゴム紐を、歯でくわえて、段々遠ざかるの。

「分かる。分かる」

 それをね、父が、面白い、面白いって言って、見てたんだ。

「わー」

 そして、片方が、ゴム離しちゃって、・・・分かるでしょ!

「うん」

 そして、父が、アハハハって笑ってたんだ。

「お父さま、普通の人じゃない」

 そこへね、母が来て、

『なにくだらないもの見てるの。お父さん、これ、くだらないのよ。消してよ』

って、それで、父が、チャンネル変えた。

「でも、太郎さんの家って、亭主関白よね。お母さまが言うと絶対なの?」

 そうじゃないんだ。母が言っても、父が見ていたければ、チャンネルは、変えないんだ。

 父も、ほんの一瞬だから、見てたんだ。

 そういうものを、録画してみようなどとは、絶対思わない人なんだよ。

「そうかー」

 ところが、逆説的なんだけど、父がミーハーだということの証拠が、いくつもあるんだ。

「えっ、どんな」

 まず、父は、ポール・モーリアの音楽などが好きだ。

「恋はみずいろ」

 父と母が結婚したとき、最初に買ったレコードは、フォルクローレの『花祭り』だ。

ケーナ

 父は、歌手のマドンナが、来日したとき、カセットテープのマドンナのアルバムを買って、ウォークマンで、聴いてた。

「カセットテープのウォークマン!」

 ほらね。父が、自分からクラシックを聴くことは、よっぽどのことがない限りないんだ。

「太郎さん。情報ありがとう。お父さまが、恐いだけの人ではないと、分かったわ」


 今日は、小学校1年生の頃のことなどを、思い出した。

 麻友さんは、漫画家になりたいと思っていた頃だ。

「あの頃、算数って、何を習っていたのかしら?」

 実は、算数というのは、国語の次に多くて、一週間に5時間くらいある。

 ものすごく、たくさんのことを学んでいるんだ。

「たとえば?」

 1年生のあいだに、足し算引き算を習うし、数直線とか、長さとか、面積という言葉を、習う。

「そうだったのかしら。太郎さん、良く覚えてるわね」

 いや、覚えてるわけではない、学習指導要領を見ながら言ってるんだ。

「どうやって、そんなもの見てるの?」

 インターネット上に、ちゃんと書いてあるんだ。ほら。

小学校学習指導要領(算数)

「やっぱり、先生になろうとする人は、見てるところが違うわね」

 私なんて、知らない方だよ。現場の先生には、かなわない。

「ひとつだけ、分からない言葉があるんだけど、『1位数』とか『2位数』という言葉は何?」

 ああ、それは、『1位数』というのは、一桁の数、『2位数』というのは、二桁の数って意味だと思う。そうじゃないと、日本語として意味が通じない。

「だったら、48は、2位数で、1994は、4位数?」

 そういうこと。

「でも、これで見ていくと、私、こんなの習ったかなあ、というのあるわよ」

 ああ、麻友さんは、ゆとり世代だから、習ったことが、少し少ないかも。

「それで、太郎さんに、ガンガンやられたら、たまらないわ」

 そういうけど、特待生麻友さんに、

『選抜メンバー16人の中の2番というのは、上位何パーセントなの?』

と、質問して、麻友さんが、

{\displaystyle \frac{2}{16}\times 100=\frac{200}{16}=\frac{50}{4}=\frac{25}{2}=12.5}

だから、12.5パーセント。』

と、計算するのに、補助が必要だとは、思えない。

 麻友さんには、普段あまり使ってないかも知れないけど、いつの間にか、知ってることが、いっぱいあるんだよ。

「だから、こういう本が、存在するわけね」

小学校6年間の算数が6時間でわかる本

小学校6年間の算数が6時間でわかる本

 そう。学び直すっていうのは、すごく簡単なんだ。

 それに対し、初めてのことを学ぶっていうのは、ものすごく大変。

「新鮮さ、という大切なものを持っているけどもね」

 その通り。

「太郎さんは、6時間でわかるなんていう本を読んだことあるの?」

 ないよ。必要ないもの。

「ああ、太郎さんは、中学のときに、復習してるんですものね」

 そう。

 中学2年生のとき、

数学がみえてくる―初等数学読本

数学がみえてくる―初等数学読本

を、父に勧められて、読んだ。

 そして、中学3年生のとき、

数は生きている (岩波科学の本)

数は生きている (岩波科学の本)

を、数学の先生に勧められて、読んだ。

 実は、上の本のお陰で、小学校の算数を復習し、さらに、三角関数、ベクトル、行列式というものを、知った。

 だから、私は、そろそろ微分積分というものを、知りたかった。

 それで、中学3年生のときの数学の担任の先生が、

『数学の良い本を紹介してあげるよ』

と言ってきたとき、

『じゃあ、教えて下さい』

と言ったんだ。

 そうしたら、

『じゃあ、図書室へ行こう』

と言って、図書室へ連れて行ってくれた。

『どれが、良いかな』

なんて、言いながら、下にあげた方の『数は生きている』などを、見ている。

 私は、中学1年生のとき、このシリーズの、『{\pi}の話』という本を、半分くらい読んだことがあり、このシリーズは私には易し過ぎるということを、感じていた。だから、

『そのシリーズの『{\pi}の話』を少し読んだことがあるのですが』

と、言ってみた。

 すると、先生は、

『『{\pi}の話』でもいいんだが、そうだな、この『数は生きている』を、読んでみないか』

とおっしゃった。

 私は、少しがっかりしたが、その本を読み始めた。

 易しすぎると思ったのは、最初だけだった。アマゾンのレビューに私が書いているように、この本は、通読するのに3ヶ月くらいかかった。

 いずれにせよ、そのとき懲りたので、先生に、どんな本を読んだらいいですか、と質問するのはやめた。本は、自分で探すことにしたのだ。

「その割りには、太郎さんは、他人には、色んな本を、紹介するわね」

 私は、紹介はするけど、後は、読みたければ、好きにして下さい、という立場。

 だから、たとえば、さっきの『{\pi}の話』というのは、これです、と見せるだけ。

πの話 (岩波現代文庫)

πの話 (岩波現代文庫)

「なるほど。むかし、パイの話をしたわね」

 やっぱり、若いと記憶力が違うなー。

 そう。相対性理論のブログの『周りより心の温度が0.01度高い君へ』という投稿で、パイの値を小数点以下50ケタ暗記していると書いてる。それからラヴレターにもチラッと書いたんじゃなかったっけ。実はあの数字の列は、39ケタ目まで、この本の覚え歌で覚えて、残りの11ケタは、丸暗記したものなんだ。

「太郎さんが、丸暗記ね」

 50ケタ目まで覚えることに意味があったんだ。

 それは、確率の話をするときのお楽しみとして、取っておこう。

 さて、この後、整数環の話が続いていたのだが、かなり書いたところで、グーグルクロームがフリーズして、消えてしまった。

 今夜中に、復活させる元気はないので、小学校中学校を思い出したここまでで、投稿することとする。

「えー、残念。なんとかならないの?」

 映画『アマデウス』の中で、

『曲は?』

と言われたモーツァルトが、頭を指さして、

『ここにある』

と言う。

 あれと同じ。私が、元気になれば、いつでも書ける。

「本当に?」

 話を面白くするための脚色が、ちょっと変わるかも知れないけど、実質的に、同じものが書ける。

「太郎さんに取って、易しいことを、書いてるの?」

 それは、当然だよ。

 私が、マジで数学語ったら、この前のカルタン構造方程式みたいなことになっちゃって、麻友さんチンプンカンプンになる。

「でも、私、マジで扱われてないのかしら」

 分かってないなあ。余力があるのを生かして、脚色できるんじゃない。

 この前のカルタン構造方程式のときなんて、ジョークひとつ入れられなかった。

「とすると、あの証明ぐらいが、太郎さんの世界の全貌?」

 それも、勘違い。

 実は、あのカルタン構造方程式の証明は、線型代数という、数学の中ですごく易しい部類の話だったんだ。だから、ブログなんかで、書きながら証明するなんてことができた。

 前に、結婚の記念には役不足だとかいった、2年かかるという、コーエンのフォーシングなんかとか、結婚の記念品にしても良いくらいだと言った、広中の特異点定理なんかは、ブログ書きながら証明してたら、分からなくなる。

「分からなくなるっていうのは、どういう状態なの?」

 つまり、書いたものを読む人が理解できるように、書く方に気を配ってたら、証明の論理が追えなくなっちゃうし、論理を追おうと思ったら、手が止まっちゃうか、意味不明なこと書いちゃう。

「つまり、落書きするってこと?」

 実は、有名なんだけど、あのアーベルも、いっぱい落書きしてるんだ。

「えっ、天才数学者って、どんな落書きするの?見てみたい」

 まだ、スマートフォンになってないので、良い写真に撮れないんだけど、これで、我慢して。

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「何か、ブラジャーのようにも、見えるけど」

 うん。レムニスケートという、特別な曲線なんだ。

「って、これ以上、続けると、もう駄目よ。寝なきゃ」

 分かった。題は、『2017年1月13日朝はここまで』としちゃおう。イレギュラーだけど。